【連載】師匠と僕「村木 弾」第1回

※月刊ミュージック★スターに掲載された村木 弾による「師匠(おやじ)と僕」。好評につき、「オトカゼ」で復活連載が決まりました。お楽しみください。

 

「出会い」

巨匠、故・船村徹先生の最後の内弟子である僕が、師匠との思い出の日々を紐解く。第1回目は、修業時代の舞台となる「楽想館(がくそうかん)」と、ものすごく緊張した師匠との出会い。

2003年(平成15年)7月4日、栃木県今市市(現・日光市)はとても暑かった。僕は東武鉄道下今市駅に降り立った。12年半の修行生活を送ることになる、師匠・作曲家の船村徹先生の仕事場「楽想館」へ向かうためだった。

駅からタクシーに乗り込んで約10分ほどで、白い大きな門扉の前に着いた。辺りを見回すとナラやクヌギなどの雑木が青々と葉をつけていた。その木々に囲まわれるように「楽想館」はあった。屋根は赤いレンガ、白い外壁の2階建ての大きな洋館である。

ナラやクヌギなどの雑木に囲まれた「楽想館」

門扉横のインターフォンを押すと、しばらくして兄弟子となる天草二郎先輩の声で、中へ入るようにと指示があった。天草先輩は、この時、船村先輩のもとで10年近く内弟子として務めていた〝長男〟である。門扉を開き、アスファルト舗装された進入路を道なりに歩くと、左手には一体どこまで続いているのかと思うほど大きな庭が広がっていた。

ようやく「楽想館」の玄関にたどり着くと、そこでは天草先輩と〝次男〟の走裕介先輩、〝三男〟の小倉憲一先輩に迎えられた。ごあいさつすると、先輩方は口々に、「がんばれ、こちらこそよろしく」と声をかけてくれた。

まず、内弟子用の部屋「6号室」という名がついた6畳間に案内された。部屋には、布団、カラーボックス、タンスなどが置かれていた。これからこの「6号室」で、兄弟子たちといっしょに寝起きし、時に酒を酌み交わしながら語り合い、それぞれの先輩方が歌い手として旅立って、最後に僕がデビューまでお世話になることになる。

手荷物を置き、船村先生にごあいさつするために天草先輩と2階へ上がる階段へ向かった。その時天草先輩から、とにかく余計な〝音〟を立てないようにと指示された。忍び足で階段を上る先輩の後を僕も続いた。

2階にあったのは大きな白いドア。天草先輩が軽くノックをして、「先生、天草です。今日から『楽想館』に入った大門君を連れて来ました」と言って書斎のドアを開けた。先輩に続き中へ入ると、船村先生はソファに横になりながら本を読まれていた。

僕が、「秋田出身の大門弾(本名)です。これからお世話になります。よろしくお願いします」とごあいさつすると、本を閉じて起き上がった先生は、「うん、ご苦労さん。先輩たちの言うことをよく聞いてがんばりなさい」とおっしゃるや否や、再び横になって本を読み始めた。

この時の緊張感は忘れられない。これが師匠、船村先生との最初の出会いであった。

内弟子時代に船村徹先生と

船村 徹(ふなむら・とおる)昭和7年、栃木県船生村生まれ。昭和24年、東洋音楽学校(現東京音楽大学)ではピアノ科に学ぶ。昭和30年、春日八郎のデビュー作「別れの一本杉」で作曲家デビュー。その後、数々の名曲を世に送り出し、作品数は約5000曲以上とも言われる。歌謡曲の作曲家として初めて文化勲章を受章。2017年〈平成29年〉2月16日永眠。

 


2020年7月29日発売
酒場のギター演歌で勝負!
村木 弾「ほろろん演歌」

「ほろろん演歌
作詞/菅麻貴子 作曲/徳久広司 編曲/杉村俊博
c/w「男さすらい
作詞/高田ひろお 作曲/徳久広司 編曲/杉村俊博
日本コロムビア COCA-17784 ¥1,227+税

「ほろろん演歌」は“望郷”と“酒”がテーマ。過去5作品とは異なる、酒場のギター演歌と言える作品。路地裏の酒場に昭和のギターの音色が流れるなか、都会暮らしに慣れても、時には故郷(くに)が恋しいくなる主人公の気持ちを歌っている。カップリング曲の「男さすらい」は、高田ひろお氏が山でも海でもなく、空をテーマに四行詩を書き上げ、徳久広司氏が三拍子のメロディーをつけた。雄大なメロディーに乗せて男の生き様を表現している。

 


Profile
村木 弾(むらき・だん)
1980年秋田県生まれ。鳶職、現場監督の仕事に従事していたが、2003年、歌手を目指して故・船村徹氏の最後の内弟子となる。2016年に、作詞&プロデュース・舟木一夫、作曲・船村氏による「ござる〜GOZARU〜」でデビュー。