
【インタビュー】湯原昌幸が魅せる異種格闘技。新曲「どうかしてるね」のテーマは裏切り。“妻からの三行半”のコミカルな悲哀
「雨のバラード」の大ヒットで知られる湯原昌幸が徳間ジャパンコミュニケーションズに移籍した。第一弾シングルは「どうかしてるね」。作詩・及川眠子氏、作曲・弦哲也氏という作家陣との初タッグで送り出され、愛妻家として知られる彼のイメージを覆す、コミカルでシニカルな一曲だ。カップリングには自身が作曲した「南十字星」と、名曲「雨のバラード」を新録。円熟の境地から放たれる、新たな挑戦および原点回帰となるシングルが完成した。
湯原昌幸のイメージを壊したい
徳間ジャパン移籍第一弾シングル「どうかしてるね」は、作詩に平成のヒットメーカー・及川眠子氏、作曲に歌謡界の重鎮・弦哲也氏という、まさに鉄壁の布陣で制作された意欲作。テーマは「永年連れ添った妻からの突然の三行半」。シリアスになりがちな題材を、軽快で情熱的なラテンタッチのサウンドに乗せているのが本作の醍醐味。主人公の狼狽が明るい曲調によってかえって際立ち、聴き手の心にペーソス(哀愁)を誘う。愛妻家として知られる湯原昌幸だからこそ表現できる大人の歌謡ポップス。楽しく聴けて、聴くほどに味わい深い一曲となっている。
――徳間ジャパンへの移籍は、歌手生活61年目の新たなスタートとなりました。
湯原 年齢も年齢なので、少なくとも元気なうちに新しいチャレンジをしたいなという気持ちがずっとありました。ありがたいことに徳間さんが受け入れてくださって、素晴らしい曲と出会うことができました。今までの僕のイメージとはまた違う、新しい船出にふさわしい一枚になったと思います。
――表題曲「どうかしてるね」は、作曲に弦哲也先生、作詩に及川眠子先生を迎えられました。湯原さんとは初タッグだそうですね。
湯原 そう、初めてなんです。弦さんは演歌の巨匠というイメージが強いですが、僕と同じで戦後間もなく日本の音楽シーンにあった民謡、浪曲、軍歌、演歌、そして洋楽ポップス・・・、いわば “ミックスジュース” を飲んで育ってきた同世代。昭和生まれの土壌から生えてる音楽の空気を全部吸ってきたわけだからね。実は3年ほど前から、妻(荒木由美子)と「いつか弦さんとお仕事できたらいいね」と話していたので、念願が叶った形です。実際にやり取りをしてみると、根っこの感性は非常に近いものがあるなと感じましたね。
――及川先生には、どのようなテーマでお願いされたのですか?
湯原 最初の作戦会議が面白かったですよ。眠子さんから開口一番に出たのが、「みんなが抱いている湯原昌幸のイメージを覆すものを作りましょう」と。そして続いた言葉が、「キーワードは“裏切り”です」(笑)。これには驚きましたけど、面白いこと言うじゃないか、どんな風に裏切ってくれるんだ? と、逆にワクワクしました。まさか、あんな詞が来るとは思ってもみませんでしたけどね。
――見下り半を突きつけられ、アタフタしている男の歌でした(笑)。おしどり夫婦として知られる湯原さんとは真逆の世界観で驚きました。
湯原 でしょう(笑)。でも、これはある種の比喩であり逆説なんです。コミックソングとして捉えて、このうろたえる男を“演じる”のが面白いなと。うちの妻もゲラゲラ笑って「面白いじゃない」って、非常に気に入ってますよ。実生活でこうならないように気をつけないとね(笑)。

演歌×アニメ×GS。まるで異種格闘技
――ご自身のブログでは、「60年の歌手生活の中でも一番の出来」と書かれていましたが、それほど手応えのある作品になったのですね。
湯原 ええ、本当に納得感の高い自信作ですね。自分の好みも含めてですが、僕がこれまで歌ってきたポップスと演歌歌謡、その両方の要素がうまく混ざり合った、本当の意味での“ミックスジュース”ができたと思っています。これは売りなんですが、「天城越え」の弦哲也と、「残酷な天使のテーゼ(エヴァンゲリオン)」の及川眠子、そして「雨のバラード」の湯原昌幸。演歌×アニメ×GS。まったく違うジャンルの3人が集まって一つの作品を作るわけですから、まさに異種格闘技。その化学反応が、この面白い曲を生み出したんだと思います。
――アレンジは軽快なラテンタッチで、歌詞とのギャップも楽しめます。
湯原 これはディレクターからの提案で、「カラオケでも歌えるラテン系の歌謡ポップスでいきましょう」と。僕もリズムものが好きだし、ここ数年はしっとりした曲が多かったので、ちょうど「はっちゃけたいな」と思っていたから、望むところでした。アレンジはブラスセクションがメインで、昔のグランドキャバレーのフルバンドみたいな、ゴージャスで気持ちのいいサウンドですよ。

「南十字星」はメロウなバラード
「どうかしてるね」のカップリング曲「南十字星」は、エキゾチックな情景が浮かぶメロディラインと、孤独な旅先で愛する人を想う切ない歌詞が融合し、聴く者を非日常へと誘い込む。湯原自身が作曲を手がけ、作詩は無国籍な世界観を伊藤薫氏が紡ぐ。シンガーソングライター 湯原昌幸の才能が光る、染み渡るメロウなバラードだ。
――カップリングには、ご自身で作曲された「南十字星」が収録されています。
湯原 これは自分の中にずっとあった、好きなメロディのパートをいくつか組み合わせて作った曲ですね。シンガーソングライターとしての一面も見てほしくて。
――曲が先で、詞は後からつけられたのですか?
湯原 そうです。ディレクターから「無国籍な感じ」「一人旅をする女性」というテーマをもらって、そこから(「ラヴ・イズ・オーヴァー」などで知られる)伊藤薫さんに詞を書いてもらいました。僕の作ったメロディが、80年代の映画音楽みたいな雰囲気があるって言ってくれました。だから、聴いた人がすぐにその世界に入り込めるように、イントロをなくして歌い出しからいきなり始まる構成にしたんです。
――確かに、聴いた瞬間に異国の夜景が目に浮かぶようでした。
湯原 そう感じてもらえたならうれしいね。聴く人を一瞬でその情景に引き込みたかった。そういうドラマチックな演出も、この曲の聴きどころかな。
――間奏のエレキギターも非常に印象的でした。
湯原 あそこは特にこだわった部分です。ヨーロッパのギターサウンド、例えばザ・スプートニクス(1961年に結成されたスウェーデンのエレキバンド)みたいな、ディレイの効いた広がりのある音にしたくて。一度OKしたカラオケに後からギターを一本差し替えてもらったんです。楽曲のいいアクセントになったんじゃないかなと、自分でも気に入っています。

時を越えたコラボレーションで蘇る「雨のバラード」
――そして3曲目には、代表曲「雨のバラード」が新録音で収録されています。今回は1971年発売時のオリジナルカラオケ(正確にはオリジナルを忠実に再現して新たに制作されたカラオケ)に、現在の湯原さんの歌を乗せたそうですね。
湯原 そうなんです。「雨のバラード」はこれまでにも何度か新録していますが、今回は、これがまた面白い体験でね。50年近く前のカラオケを聴きながら歌うと、24歳だった頃の自分と対話しているような、不思議な感覚でしたよ。
――当時のご自身と比べて、歌い方などに変化は感じましたか?
湯原 全然違いますね。当時のキーは今より低くて、声も甘い感じ(笑)。ディレクターからは「あまり崩さずに、当時の雰囲気を大切に歌ってください」と言われたんだけど、これが意外と難しくて。長年歌ってきた中で、自然と今の自分の表現が身についてしまっているからね。
――オリジナルでありながら、最新版という稀有な「雨のバラード」ですね。
湯原 昔のアレンジの良さはそのままに、今の僕の声で歌うことで、歌詞の持つ切なさや情景が、また違った深みを持って伝わるんじゃないかな。
――オリジナルを知っている長年のファンの方には、その歌唱表現の“進化”や“深化”も聴き比べて楽しんでもらいたいですね。
湯原 ええ、まさに、時を越えたコラボレーションです。
――最後に、移籍第一弾となった作品が完成した今、今回のシングルを手に取ってくださる方へメッセージをいただけますか。
湯原 今回のシングルは、新しいチャレンジの「どうかしてるね」、自分の好きな世界観で作った「南十字星」、そして僕の原点である「雨のバラード」と、今の湯原昌幸のすべてが詰まった一枚になりました。聴いて、歌って、楽しんでほしい。特に「どうかしてるね」は、深刻にならずに「うちも気をつけなきゃな」なんて笑いながら聴いてもらえたら最高です。この歌で、少しでも皆さんの毎日が明るくなったらうれしいですね。

○
1964年に「スウィング・ウエスト」へ加入し、1970年4月、「見知らぬ世界」でソロデビュー。昨年は歌手生活60周年を迎えたが、今なお進化を止めない湯原昌幸。新曲「どうかしてるね」は、ベテランの円熟味と遊び心が絶妙に融合し、湯原のエンターテイナーとしての懐の深さを改めて感じさせる。
そして、カップリングで聴かせるシンガーソングライターとしての一面、代表曲で示す現在進行形の表現力。今回の一枚は、私たちに音楽の楽しさを改めて教えてくれる快作である。
「雨のバラード」はデビュー曲ではありません。
湯原昌幸の代名詞といえば、ミリオンセラーを記録した「雨のバラード」。多くの人が彼のソロデビュー曲だと思っているが、実はそうではない。
「世間では『雨のバラード』がデビュー曲だと思われていますが、実はその前にソロとして1枚シングルを出しているんです」
グループサウンズ「スウィング・ウエスト」での活動を終え、1970年4月、ソロシンガーとしての一歩を踏み出した湯原のデビュー曲は「見知らぬ世界」。作詩・作曲は「雨のバラード」と同じく、バンド時代のバンマスだった植田嘉靖氏(“こうじはるか”は、植田のペンネーム)。
「でも、僕のバージョンは残念ながらあまり売れなかった(笑)」
しかし、この曲は後に牧葉ユミがカバーしたことで、新たな伝説を生む。
「彼女がカバーしてくれたことで、この曲は当時大人気だったオーディション番組『スター誕生!』で”歌うと受かる”というジンクスができたんです。桜田淳子ちゃんも予選でこの曲を歌って合格したんですよ」
そして、この話にはさらに驚きの後日談がある。未来の妻となる、荒木由美子との不思議な縁だ。
「結婚してから何年か経って、妻が突然、『ねえ、あの“見知らぬ世界”ってあなたの歌だったの? 私もオーディションで歌ったのよ!』って。もうびっくりですよ(笑)。僕も彼女も、知らず知らずのうちに同じ歌でつながっていたんですね」
大ヒット曲の影に隠れたデビュー曲。それは、後のトップスター誕生を後押しし、未来の伴侶との赤い糸をも紡いでいた、運命の一曲だった。
2025年11月5日発売
徳間ジャパン移籍第一弾
湯原昌幸「どうかしてるね」

「どうかしてるね」
作詩/及川眠子 作曲/弦哲也 編曲/猪股義周
c/w「南十字星」
作詩/伊藤薫 作曲/湯原昌幸 編曲/宮澤謙
c/w「雨のバラード(2025)」
作詩/こうじはるか 作曲/植田嘉靖 編曲/矢田部正
徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-91666 ¥1,500(税込)





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