瀬口侑希が“希望の明日へ”をテーマに2年半ぶりとなる東京での単独コンサート。コロナ禍での開催に「一歩踏み出せた」
2年半ぶりの思い。それは希望の明日へ
瀬口侑希が9月26日、東京・北区の北とぴあ つつじホールで「瀬口侑希コンサート2021~希望の明日へ~」を開催、歌手としてまた一歩前に踏み出した。
「今月に入っても、本当にコンサートが開催できるのか? 事務所とも議論していました。でも、チケットをお買い求めくださったファンの方のためにも、徹底した感染防止対策をとりながら開催しようと準備を進めてきました。今日、無事コンサートを開催することができて感謝すると同時に、ホッとしています。幕が開いたときに誰もいなかったらどうしようって(笑)。そういう思いもありましたが、お客さんの『待っていたよ』という表情がマスク越しにわかりました。感慨深いものがありましたね」
コロナ禍により東京での単独ホールコンサートは2年半ぶりだった。2019年5月にデビュー20周年記念コンサートを開催して以来だった。
「演歌・歌謡曲をはじめ、洋楽も英語で歌おうと練習中です! そして、唱歌のような秋にぴったりの歌などジャンルを問わず挑戦したいなと思っています」
そう語っていた瀬口のコンサートは、昨年9月に発売した「おけさ恋歌」で幕を開けた。命をかけた恋を捨てようと佐渡に渡った女性の激しい愛の物語。朱鷺(トキ)がモチーフになっていることから、華麗に舞う朱鷺(トキ)が描かれた濃い浅葱色の着物で登場し、歌い上げた。
「『おけさ恋歌』のジャケットで着ている朱鷺の着物は、テレビ収録などでは何度か着させていただきましたが、インターネットサイン会でのチャットでのやりとりや、ファンクラブへの要望で、『あの衣裳、生で見てみたい』という声をたくさんいただきました。2年半ぶりの東京での単独コンサートなので、私を羽ばたかせてくれる朱鷺の着物を着させていただきました」
「いっぱい詰め込んで準備してきました」
ファンの前で歌う機会は減ったが、コロナ禍でのファンとの新しいつながりの場として、瀬口はインターネットサイン会や配信イベントを積極的に活用している。
「昨年の今ごろ『おけさ恋歌』を、今年2月に『冬の恋歌』を出させていただきました。そして先日、新曲『片恋しぐれ』を発売させていただきました。コロナ禍での3曲のリリースになりましたが、インターネットを通じて、ファンの方が熱く応援してくださったのが私の励みでした」
その励みが自らの“希望”となった。だからコンサートでは、ファンに“希望”を届けたいと、瀬口の思いが詰め込まれた。
「おけさ恋歌」を歌い終えた瀬口に大きな拍手が送られると、「ドキドキドキドキしていたんですが、皆様の拍手に込められた気持ちを感じて、余計緊張してまいりました(笑)。コロナ禍でなかなか皆様とお会いする機会がなかったので、思いがどんどん膨らんで、あんなこともこんなことも皆様にお伝えしたいと、いっぱい詰め込んで準備してきました」と挨拶した瀬口。
第10回 日本作曲家協会音楽祭 2017で「ベストカラオケ賞」を受賞し、北とぴあでの授賞式で披露した「津軽の春」へと歌い継ぐと、歌手として歌うことに、とくに幸せを感じた思い出の曲を選曲し、「雪舞の岬」「須磨の雨」「海峡」「放浪記」の4曲をメドレーで届けた。
また京都伏見稲荷神社の千本鳥居の風景をモチーフにしたドラマチックな作品「千年の恋歌」では、ゲストの六本木ヒロシが女形の踊りで華を添えた。
「君の名は」から「夜明けのうた」へ
コンサートはここから作・編曲家の若月恵や、編曲も行うミュージシャンの西村真吾らが演奏で加わり、ステージが立体的に展開された。
言葉ではなく、歌で自分の思いを伝えたいと、瀬口自身がナレーションを事前に吹き込み、幻想的で豊かな、そしてどこか懐かしくもあり、最後には勇気ももらえる組曲の世界を、そしてミュージカル風の演出で洋楽たちを歌って前半を終えると、後半の始まりは六本木とのお芝居仕立ての演出で昭和歌謡ショーを見せた。
歌謡ショーでは六本木ヒロシを相手役に、ストーリー仕立てで「君の名は」「黄昏のビギン」「別離(イビョル)」「夜明けのうた」を聴かせた。
1952年のラジオドラマから火がついた「君の名は」では、当時、流行した真知子巻き姿の瀬口が、落とした財布を拾ってくれた青年、六本木ヒロシと運命の出会いをする場面から始まる。恋の予感を感じた二人は一年後の今日、同じ場所で会おうと約束する。それから一年。約束通り二人は再会を果たすのだが、なんとその日は、北とぴあで開催される瀬口侑希のコンサートの日、という落ち。二人でコンサートを観にいくだけ(!)となったが、でも、「あたなに出会えた今日こそが、私の明日への希望なのです」と、瀬口は「夜明けのうた」を美しいコーラスとともに響かせた。
昨年2月、瀬口は東京・小岩のCDショップ「音曲堂」でのキャンペーンでこんなことを話していた。
「本来であれば、今日は羽田空港でエアポートコンサートを予定しておりましたけれど、中止になってしまいました。でも、どうしてもこの日は皆さんにお会いしたいとずっと考えておりまして、今日は音曲堂さんのご協力をいただき、このミニライブを開催させていただくことができました。このような日がもしかしたらもう来ないのではないか・・・と思う日もありました。『明けない夜はない』とたくさんの皆様から温かい励ましのお言葉をいただきまして、今日からまた、私の歌が皆様にとりましても明日への希望となりますようにと、今日は気合を入れて歌わせていただきます」
岩谷時子が作詞し、いずみたくが作曲した岸洋子の代表曲「夜明けのうた」は、瀬口からファンへの歌を通じたメッセージでもあった。
新しい“瀬口侑希”。ひとつ上を目指して!
ここで、六本木ヒロシがメジャーデビュー曲「何があってもあきらめない」や最新曲「親不孝」などを披露し、軽妙なトークでも観客を盛り上げると、コンサートはいよいよクライマックスへ。「不如帰(ほととぎす)」、「冬の恋歌」、「片恋しぐれ」の3曲を連続で熱唱した。
「泣いて血を吐く ほととぎす」という歌詞が強烈な「不如帰(ほととぎす)」は、小説『不如帰』の世界を再現した楽曲。星野哲郎が作詞し、瀬口の師匠である櫻田誠一が作曲を手がけて、1988年、村上幸子が歌ってヒットさせた。その村上の代表作を2006年、瀬口が引き継ぎ、7作目のシングルとしてリリースした。
師匠の櫻田からは日々、こんな教えを受けていたという。
「私が大学生の時、櫻田先生のご自宅にレッスンにお伺いすると、『歌の練習よりも映画を観なさい。本を読みなさい。いろんなものを見て感じることが、歌にはいちばん大切なことだ』といつもおっしゃっていました」
コロナ禍で自宅にいる時間が長くなり、あらためて自分の歌を聴き直す機会が多かったともいう。
「ああ、ここはもっとこうしないといけないなって感じられるようになった気がします」
新曲「片恋しぐれ」は、大川栄策が“筑紫竜平”の名前で作曲してくれた作品だった。大川は日本コロムビア所属の歌手。日本クラウンの瀬口とはこれまで接点が少なかったが、これまでの流れを変えてみようという担当ディレクターの思いから話が進められた。この話に快く応じた大川だったが、女性歌手に作品を提供するのは初めてのことだった。
大川は瀬口にとって歌手の大先輩であり、曲作りもしていることから、360度から見られているようだったというが、レコーディングの際には細かな指導を受けたことを感謝していた。
「これはチャンスだから、ワンランク上がるような歌い方をしようねと、口の開け方から指導していただきました。先生は口の中の音まで頭に入れて発声されています。私はそこまで意識がいっていませんでしたし、先生のようにはまだできませんが、つねに意識して実践していくことを力強くおっしゃってくださいました。何事も継続は力なり。新曲をきっかけにワンランク上を目指す意識で歌っていきたい」
「一歩前に踏み出せた気がします」
櫻田師匠の教え、大川先生の指導、そしてコロナ禍での気づき。瀬口は貪欲に与えられた使命を実践していた。
「坂口照幸先生による『片恋しぐれ』の歌詞は、会えない人を想いながらひとりお酒を飲んでいるんだけれども、お酒を飲んでいるうちに雨が降ってきて、私の心の中のようだ、寂しいなという女性が描かれています。でも、メロディーがとってもさわやかで、今日のコンサートにぴったりな明日への希望を抱かせるような素敵な曲です」
師匠の櫻田は「歌は聴く日によって、聴く状況によって違ったように聴こえる」とも、よく話していたという。期せずして、ワンランク上を目指すきっかけとなった「片恋しぐれ」は、瀬口の父の命日でもある8月25日の発売。瀬口にとってまた大切な一曲となった。
最後はアンコール用に準備していたデビュー曲「ねぶた(NEBUTA)」を歌って、ファンとともに盛り上がった。ねぶたは青森で開催される、日本を代表する夏祭り。夏祭りは元来、疫病払いを目的に行われる。
「この歌こそが今の状況を吹っ飛ばしてくれるんじゃないかな」。瀬口はファンとの近いうちの再開を願いながら、ファンとの名残惜しい時間を共有していた。
コンサートを終えた瀬口は興奮気味に、「一歩前に踏み出せた気がします」と話した。
「お客様をお招きしてのコンサートが開催できたことで、ひとつの区切りにはなったかと思うんですが、まだまだこういう状況は続きます。でも、今月もインターネットサイン会を予定していますが、ステージではできないお話もチャットを使ってできるようになりました。ですから、私の思いを伝える場所が2つになったと思って新鮮に感じています。ただ、歌手は皆さんの前で歌えることがいちばんだと、今日、あらためて思いました。安心・安全に配慮しながらになりますが、またコンサートをさせていただきたいと思いますし、いい形でコンサートを終えられたので、一歩前に踏み出せた気がします」
吹き出す汗を押さえながら、そう話した瀬口は、差し入れにおねだりした梨が届いていると思うので、「今夜は梨をいただいて水分補給したいですね」と楽しそうだった。
2021年8月25日発売
酒場演歌で聴かせます
瀬口侑希「片恋しぐれ」
表題曲「片恋しぐれ」は、別れた人を偲んでひとり酒場で盃を重ねる女性を描いた作品。シングル表題作としては、久々のメジャー作品となる。カップリング曲「音更の雪」は北海道の音更を舞台に、女ひとり淋しい冬を過ごす女性を描いたマイナー作品。どちらも作曲は筑紫竜平(歌手の大川栄策)だが、筑紫が女性アーティストに作品を提供するのは初めて。既存作家の作品による多い歌謡市場に一石を投じる。