
【ライブレポート】音楽生活60周年、弦哲也が紡いだ“縁”と“歌人生”――川中美幸も華を添え、魂のメロディが響いた夜
2025年10月16日、東京・丸の内のコットンクラブ。ジャズの名門として知られるシックな空間が、この夜は日本の心の歌で満たされた。ステージの主役は、音楽生活60周年を迎えた弦哲也。自身の半生を凝縮した珠玉のメロディを届けるスペシャルディナーショーが開催されたのだ。
昭和を彩った名曲と”縁歌”の哲学
弦哲也は昭和40年、“田村進二”の芸名で歌手デビュー。3年後には現在の名前に改名し、昭和51年には棋士・内藤國雄の「おゆき」で作曲家としてもデビューすると、昭和61年からは作曲家に専念した。代表作に石原裕次郎の「北の旅人」や、川中美幸の「ふたり酒」、五木ひろしの「人生かくれんぼ」、都はるみの「小樽運河」、水森かおりの「鳥取砂丘」などがあり、総作曲数は3,000曲を超える。


オープニングSEの荘厳な風、そして波の音に導かれ、ステージに現れた弦哲也は、石川さゆりに提供した「飢餓海峡」で厳かに幕を開けた。作曲家として、そして歌手として、彼が紡いできた“縁”を辿る旅の始まりだった。
続けてペギー葉山の「夜明けのメロディー」を届けると、弦は「皆様、本日はようこそお越しくださいました。音楽生活60周年、弦哲也でございます」と、満員の客席に優しい眼差しで語り始めた。

「遠くは北海道から、南は九州、長崎、そして金沢からもお越しいただいております。本当にありがとうございます。私が歌う歌は『縁歌』と申します。縁と縁で結ばれていく“縁の歌”と書いて、『縁歌』です」
この“縁”こそが、この夜のライブを貫く大きなテーマだった。ショーの前半は、その言葉を証明するかのように、昭和を彩った名曲たちが次々と披露されていく。石原裕次郎の遺作となった「北の旅人」、そして、都はるみが歌手復帰の際に歌った「小樽運河」。スターたちとの思い出を慈しむように語り、自らの声でその魂のメロディを蘇らせると、昭和という時代の音楽史を実感させられた。

スペシャルな”縁”と温かい笑い
「作曲家としてデビューして、初めてヒットらしいヒットになったのが、この『おゆき』でございました」
弦が、将棋棋士・内藤國雄につくったこの歌は、弦にとってまさに人生の転機となった一曲だ。
「振り返りますと、60年前は昭和40年なんですね。8月5日、『田村進二』という芸名で歌手デビューしました。一年経って、2年経って、5年経っても、10年経っても、なかなかヒット曲が出ない。そんな歌手時代を経験しました。11年目に初めて“ヒット曲”という言葉を耳にするんですね。そのヒット曲が自分のメロディだったんです。昭和51年のことでした。将棋の内藤國雄さんが歌ってくれた『おゆき』。この歌がなければ、今日の私はなかったかもしれません」



商店街を歩いている時、店先に置かれているラジオから「おゆき」が流れてきた時には本当に感動したとも明かした弦。そんな大切な歌を歌い終えると、弦はさらに特別な“縁”をステージに招き入れた。
「次の歌も、私にとっては宝物のような出会いから生まれた一曲です。そして今日は、その歌の主が、この会場に駆けつけてくれました! 皆様、大きな拍手でお迎えください。川中美幸さんです!」

会場が拍手に包まれる中、シックな黒の服装で登場した川中。二人の絆の深さは、軽妙なトークから瞬く間に客席に伝わっていく。
「先生、60周年おめでとうございます!」と祝福する川中に、弦は「忙しいのに本当にありがとう」と感謝を述べる。しかし、川中からは思わぬ告白が飛び出した。
「先生、この場だから正直に言いますね。皆様、私ね、最初に『ふたり酒』をいただいた時、『この歌は売れない』と思いました(笑)」
突然の暴露に、弦は思わず苦笑いするが、「だって、まだ24歳でしたし、『生きてくことがつらい日は おまえと酒があればいい』なんて全然ピンとこなくて、気持ちが乗りませんでした。それで、大阪の母に電話しました。『お母ちゃん、この歌があかんかったら、私、大阪に戻ってお好み焼き屋さん手伝うわって」と、川中は続ける。

だが、電話口で曲を聞かせると、母が泣いていたという。
「そっか、世の中にはうちの両親のようなご夫婦はたくさんいらっしゃると。私は代弁者として頑張って歌えばいいんだと、その時に気づいたんです」
昭和55年、夫婦愛をテーマにした「ふたり酒」がリリースされると、じわじわと火がついて売れ始める。
「でもね、人間って不思議ですね。曲がヒットすると、『ええ、いただいた時から、これは売れると思っておりました!』なんて言ってましたから。そんな自分が怖いわ(笑)」

このユーモラスなやりとりに、会場は爆笑。弦も「でも、本当にこの歌があったから、美幸ちゃんも紅白歌合戦に初出場できたんだからね。私も作曲家として初めて紅白出場曲を書くことができた。紅白でこの歌が流れた時には二度泣き、三度泣き。感謝しかないですよ」と返し、二人の間にある揺るぎない信頼関係を見せた。
そんな二人が届けた「ふたり酒」のデュエットは、まさに阿吽の呼吸。サビでは“おまえとふたり酒”のフレーズを、弦は”美幸とふたり酒”と歌うなど、互いへのリスペクトと愛情が満ち溢れた、一夜限りの特別なシーンだった。
弦哲也、音楽生活の60周年の現在地

後半は、よりパーソナルな「歌手・弦哲也」としての側面が色濃く映し出された。
「14歳の時、ばあちゃんに買ってもらったギターと、小っちゃな鞄ひとつで、故郷・銚子を出てまいりました」
そう語り披露したのは、音楽生活50周年記念曲「犬吠埼~おれの故郷~」だった。
「今も、あの犬吠埼の灯台の光が、私の進むべき道を照らしてくれているような気がします」
この歌が、五木ひろし作曲、そして川中美幸がジャケットの題字を揮毫(きごう)してくれ、多くの友情に支えられた作品であることを明かすと、弦は改めて“縁”の大切さを客席に伝えた。

そして、今回のショーの核となる音楽生活60周年記念曲が披露される。
まずは、弦がライフワークと語る島唄づくりから生まれた、前作「五島(しま)の母ちゃん」と、今回の60周年記念曲であり、沖縄の今帰仁村を舞台にした新曲「今帰仁」。続けて表題曲「小樽北運河」へ。ここで弦はこの表題曲が誕生したエピソードを語る。
「今回の60周年記念、どうしようかと考えていたら、息子がね、『親父は歌手になりたくて東京に出てきて、売れようが売れまいが、歌が大好きな男なんだろう。どうせだったら歌えばいいじゃないか。俺が詞を書くよ』なんて言ってくれました。その、息子が書いてくれた詞に、私がメロディをつけました」


息子が描いた父の愛する街の情景に、弦が円熟のメロディを乗せる。世代を超えた父子の共同作業によって、小樽の新たな物語が紡ぎ出されたのだ。その歌声は、これまでのどの小樽ソングとも違う、温かくも切ない響きをもっていた。
本編のラストを飾ったのは、彼の代名詞ともいえる「天城越え」。弦が作詞家の吉岡治と湯ヶ島の温泉宿にこもって制作し、石川さゆりの大ヒット曲となった同曲。弦による作曲家としての矜持と情念がほとばしる圧巻の歌唱に、会場の熱気は一際大きくなっていた。
家族への愛と、終わらぬ旅路
鳴り止まぬ拍手とアンコールの声に応えた弦は、客席の熱気を受け止め、静かにアコースティックギターを構える。イントロの優しい爪弾きから始まったのは、音楽生活60周年記念曲のひとつ、「涙みたいな雨が降る」だった。

これまで聴かせてきた重厚な演歌の世界とは一線を画す、温かみのあるフォークソング。この楽曲は弦の息子である田村武也氏が作詞・作曲・編曲のすべてを手がけた。弦は演歌のこぶしを封印し、まるで我が子に語りかけるかのように、一言一言を大切に紡いでいく。
”泣いて笑って東京で 幸せ探しの歌人生”
そのフレーズは、苦労を重ねながらも音楽と共に生きてきた父の背中を見て育った息子から贈られた、心からのエールだった。父子の絆が生み出した親密なサウンドが、コットンクラブの空間を優しく包み込む。それは、60周年という記念の夜にふさわしい一曲だった。


そして、最後の曲を前に、弦は静かに、しかし力強く語り始めた。
「昭和22年9月25日生まれ。78歳。音楽をつくる情熱、歌への愛情、それが残っているかぎり、この音楽の道をこれからも歩いていたい」
その決意表明と共に歌われたのは、田村武也・作詞、弦哲也・作曲による「我、未だ旅の途中」。50周年記念曲のカップリングとして収録された同曲。あれから10年の時を経ても、弦は変わらぬ情熱をもって音楽をつくり、歌を歌っている。

この夜、私たちが目撃したのは、作曲家として、歌手として、そして一人の人間として、60年という長い音楽の旅路で紡いできた男の縁と歌の物語。それは、これからも終わることのない、感動的な旅の途中なのである。
万雷の拍手の中、ステージを去る弦の目には万感の想いが光っていた。
○

「作曲家 弦哲也 音楽生活60周年記念コンサート」
2025年12月9日、千葉県香取市の小見川市民センターにて、ゲストに千葉一夫と北川裕二を迎え、「作曲家 弦哲也 音楽生活60周年記念コンサート」が開催される。
日時:2025年12月9日(火)14:30開場/15:00開演
会場:小見川市民センターいぶき館 多目的ホール(MAP)
JR成田線 小見川駅 徒歩10分
ゲスト:千葉一夫、北川裕二
主催:演歌福の会
チケット:SS席8000円、S席7000円、A席6000円
【60周年記念曲「小樽北運河」CD付き】
チケット申込・問い合わせ:演歌福の会事務局
TEL:0479-68-2939(平日13:00~18:00)
2025年8月20日発売
音楽生活60周年記念曲
弦哲也「小樽北運河」

「小樽北運河」
作詞/田村武也 作曲/弦哲也 編曲/南郷達也
c/w「今帰仁(なきじん)」
作詞/さわだすずこ 作曲/弦哲也 編曲/南郷達也
c/w「涙みたいな雨が降る」
作詞・作曲・編曲/田村武也
STANDARD&Co. YZSTD-0077 ¥1,500(税込)
【Amazon】弦哲也 音楽生活60周年記念曲「小樽北運河」



北川裕二、(右)弦哲也2ショット(ステージ)-150x150.jpg)







