蘭華

蘭華が放つ意欲作『遺書』~明日死んでしまうかもしれないと思ったことはありますか?~

シンガーソングライターの蘭華が通算3作目となるアルバムを発表した。タイトルは『遺書』。衝撃的なタイトルだが、その裏側には彼女の経験した深い悲しみと怒りが隠されている。自身の受けた誹謗中傷、自ら死を選んだ親友との別れに苦悩し、絶望しながらも、彼女が作品を作り出した理由には、亡き親友と交わしたひとつの約束があった。


文=鳥嶋えみり

蘭華

突然の親友の死、親友との約束

蘭華にとって約5年ぶりとなるアルバム『遺書』は、誹謗中傷やいじめ、ハラスメントなど、現代にはびこる闇に鋭く切り込んだ作品だ。思わずドキリとするタイトルだが、その制作のきっかけとは、一体どういったものだったのだろうか。

もともと、こうした社会問題に対し、関心を寄せていたという蘭華。報道を目にするたびに心を痛め、「自分に何かできることはないのだろうか」と日々考えていたという。そんなあるとき、彼女にとってあまりにもつらすぎる出来事が起きる。2021年1月、彼女の音楽活動をずっと応援してくれていたという親友が、自ら命を絶ってしまったのだ。原因はやはり、ネットの誹謗中傷や嫌がらせ。ちょうど前作「ねがいうた/愛を耕す人」を発売した、3カ月後のことだった。

「自分なりに頑張って、できうる限り彼女の相談にのっていたつもりだったんですが、力が足りず、彼女を救うことができませんでした。生前、親友からは『蘭ちゃん、いつの日か、私のように誹謗中傷で悩んでいる人たちを救う曲を書いてくれないかな』と言われていたんですが、当時は前作を出したばかりだったので、いつか落ち着いたらその約束を果たそうと思っていたんです。その矢先の出来事でした」

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「私、明日生きてるのかな」

親友の死で心に深い傷を負った蘭華だが、そんな彼女を追い込むかのように、新たな試練が降りかかる。今度は蘭華自身がSNS上で執拗な誹謗中傷を受けることになってしまった。まったくの事実無根の中傷を、SNSに書き込まれる毎日。被害届を提出し、被害の証拠として画面を印刷しては毎週のように警察を訪れるも、激しい誹謗中傷がやむことはなかった。

コロナが落ち着きはじめて企画されたイベントも、それを理由に企画倒れになってしまい、アーティストとして表現する場所が奪われてしまった彼女は、精神的にとても追い詰められてしまった。

そんな中、蘭華にアルバム制作の話が伝えられる。前作から5年ぶりとなる新作。本来であれば喜ばしい話だが、当時の心境は複雑だったという。

「誹謗中傷にあった親友が亡くなった日から、『いつの日か彼女との約束を果たしたい』と思っていたんですけど、今度は自分も同じように被害者になってしまい、壮絶な苦しみを味わうことに。とても作品を書けるほどの精神的余裕はなかったんです」

こうした状況の中、スタートを切ったアルバム制作だったが、やはりその道のりも苦難に満ちていた。SNS上に書き込まれる誹謗中傷は日に日に増し、レコーディングの初日を迎えるころには、1日に500件もの中傷が書き込まれるまでになっていたのだ。そのころのことを思い返し、蘭華はこう語る。

「あるとき、自宅の姿見に映った自分の姿を見たとき、『私、明日生きてるのかな』って考えが、ふと脳裏をよぎったんです。『死にたい』とは思いませんでした。まだまだ美味しいものも食べたいし、世界旅行にも行きたいし、会いたい人だってたくさんいる。でも、『明日生きてるのかな』なんて、健全な精神だったら思わないことですよね。それくらい身も心もボロボロでした」

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絶対に負けない、許さない

早朝から深夜まで続く中傷の数々。その苦痛と恐怖は、計り知れないほどのものだろう。しかし、完成したアルバム『遺書』からは、そんなものを真っ向から跳ね返すほどの力強さが感じられる。

一方的な攻撃で精神も体力も疲弊する中、蘭華はいかにしてその逆境に立ち向かい、アルバムを完成させたのか。そこには彼女なりの信念があった。

「この作品を世に放つことで、もっと誹謗中傷を受けるかもしれないという恐怖もありました。でも、それでもいいと思ったんです。今まで散々しんどい思いをしたけれど、それを乗り越えてこの作品を出すって決めたからには、こういったことでどれだけ多くの人が苦しんでいるのかを知ってほしい。そして世の中に警鐘を鳴らすためにも、誹謗中傷に絶対に負けない、許さないという覚悟を持ってつくりました」

その覚悟は、本アルバムに収録の「誹謗中傷をやめないあなたへ」、そして「米花町ブルース」から、はっきりとうかがい知ることができる。この2曲はまさに誹謗中傷を行う者へのアンチテーゼとして書かれた曲だ。とりわけ「誹謗中傷をやめないあなたへ」は、蘭華にとって、“アルバムの核”となる曲だという。

蘭華

「ちょうどこの曲の制作中は、イスラエル・パレスチナ情勢が大きく報道されはじめたころでした。私にとっては、誹謗中傷で突然、親友1人の命が失われてしまったことが、こんなにもつらくて苦しいのに、現地では1人や2人どころじゃない。100人1000人という単位で被害者が膨れ上がっていく。ミサイルや銃撃という武力行使によって、多くの命が失われていく現状を目にして、自分としてはとてもこのことを書かずにはいられず、『誹謗中傷をやめないあなたへ』の詩に入れることにしました」

Every day, every time
今日もあっという間ダダンダン
平和な場所からしか
攻撃できないやつら
お前たち 加害者
誰も悪事を止めない
人ひとり死ぬこと
なんとも思っていないんだろう

(「誹謗中傷をやめないあなたへ」歌詞より)

誹謗中傷と戦争、どちらの意味でも伝わる詩を書いたという蘭華。その攻撃的なフレーズには、彼女の強い怒りがこめられている。

「戦争というのはどちらかが仕掛けて、さらにそれに対する報復で始まる。どちらかが悪くて報復を始めたとしても、やっていいことと悪いことがあるでしょうっていう憤りがあったんですよね。そして今回の誹謗中傷もそうですが、何も悪いことをしていなくても、まさにEvery day, every time, every night 、いつも一方的にやられっぱなしになってしまう。

これまでの作品では、もともと俳句をやっていることもあり、日本の美しい言葉や情感あふれる言葉を選んで詩を紡いできたんですが、今回はその言葉では到底表現することができないテーマだったので、あえて過激な言葉を使いました」

「誹謗中傷をやめないあなたへ」や、「米花町ブルース」など、そのストレートな言葉の数々に衝撃を受ける人もいるだろうが、実はアルバムに収録されているのは、そういった曲ばかりではない。

たとえば、1曲目に収録されている「僕は生きてる」は大切な人を失い、心に傷を負った人物が主人公だ。希望を見失いそうになりながらも、ただひたすらに日々を生きる様子が、切なくも優しい言葉で丁寧に、そして繊細に描かれている。

また、「あの娘は今日も」では、自分という存在に意味を見出せず、苦悩する若者をイメージして書かれた曲だが、“僕ら見る夢 未来で誰か救うなら”と、いつの日か同じように悩む人たちを救うことができるならばと前を向くフレーズには、蘭華の心からの願いが込められている。本作は、生きづらさを抱える人々への共感とエールに満ちあふれているのだ。

今まで支えてくれてありがとう

そして、注目したいのはやはり、このアルバムの表題にもなった『遺書』という曲だろう。『遺書』はもともと、13年前に遺言も残せぬまま他界してしまった父への思いから構想を考え始めたものだったという。しかし、それから約10年後、今度は自身が大切に思っていた親友が他界。そのときに親友は、家族、そして蘭華に遺書を残していた。

「まさか自分が“遺書”というものをもらうことになるとは想像もしていなかったですし、大きな衝撃でしたが、亡くなる前の2年間ほど、彼女のいちばん近くで相談にのっていたのが私だったということもあり、残してくれたんだと思います。

彼女とは生前、地元や東京で会うこともあったんですが、あるとき彼女の様子がいつもと違うことに違和感を覚えて、『もしかして、死のうとしてる?』と聞いたことがありました。泣き出して『うん』と言った彼女に、私は指切りをして、『絶対に支えるから信じて』と伝えました。

彼女はその後『今日の日のことは忘れない。蘭華ちゃんからパワーをたくさんいただいたから、これで頑張って生きていける。蘭華ちゃんがこの先大変なことがあったら私が助けるから、いつでも言ってね』というメッセージをくれていたんですが、結果、彼女は亡くなってしまった。

彼女が残してくれた遺書には、『約束を破ってごめんね。沢山助けてくれてありがとう』という、彼女らしいシンプルで潔いメッセージが書かれていました。そのときは本当にショックで、ずっと泣いていましたけど、でも彼女が遺書を残してくれたからこそ、私は彼女の最後のぬくもりを時折見返すことができるんですよね」

蘭華

彼女が最後に見た景色はなんだったのだろう、彼女はどんな思いだったのだろう、と蘭華は今でも考えるという。今となってはもうわからないが、確かなことは今、日本でもそして世界でも、大切な命が簡単に失われてしまう現実があるということ。親友が選んだ結末を変えることはできなかったが、だからこそ、ひとつでも同じような命を救いたい。その強い思いが、このアルバム『遺書』を生んだのだ。

「現代を生きる人たちの心の闇と葛藤を、私自身が身をもって体験したからこそのリアルが、このアルバム『遺書』には詰まっているんです。たった一つの命ですら失われるべきものではないという思いでつくり始めた作品でしたが、時間が進んでいく中で、世界中で起きている争いを目にし、やるせない、許せない、そんな思いが一層強くなりました。

この作品がたくさんの人に届いてほしい。そして、ひとりでも多くの人の命を救いたい、苦しむ人たちを救いたいという願いが叶うことが、いちばんの本望です」

親友の死と誹謗中傷という壮絶な経験を経たからこそ生まれたアルバム『遺書』。そこには、傷つき倒れてもまた立ち上がろうとする者の、まぎれもない「生」が輝いている。

 


2023年12月13日発売
セルフプロデュースによる3rdアルバム
蘭華『遺書』
蘭華

徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-75159 ¥2,500(税込)

蘭華にとって第3作目、約5年ぶりとなる本作には、生きづらさを感じるすべての人への切実なメッセージが込められている。自身が体験した現代の闇に鋭い視点で切り込んだメッセージの数々、社会への問題定義を問う意欲作だが、メロディーにも注目したい。

前作『悲しみにつかれたら』では、ジャズ、ブルース、シャンソン、和など、様々なジャンルが凝縮された世界観を作り出したが、今作では令和サウンドを追求し、耳に残るキャッチ―なメロディーと、リアルな思いが詰まった全10曲で構成。彼女の王道であるバラードの他に、R&B、ヒップホップ、アニソン風など新境地とも言える作品群が並ぶ。

またディレクターには、加藤和彦、稲垣潤一、小田和正、泉谷しげるをはじめ、多くのアーティストに携わった柿崎譲志。さらにアレンジャーには、船山基紀、宮原慶太、入江純、住吉中、小名川高広、菊池達也など、豪華な面々が集結した。

収録曲
01.僕は生きてる
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/綾部健三郎
02.あの娘は今日も
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/小名川高広
03.With you
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/宮原慶太
04.ヒーローになりたい
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/蘭華
05.誹謗中傷をやめないあなたへ
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/森俊之
06.米花町ブルース
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/住吉中
07.扉を開けるなら今
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/入江純
08.愛しき我が故郷
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/柿崎譲志、菊池達也
09.愛を耕す人
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/綾部健三郎
10.遺書
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/船山基紀

 


蘭華

profile
蘭華(らんか)
大分県生まれ。透明感溢れる歌声と、ワン&オンリーな音楽を作り出すシンガーソングライター。日本文学や和の心を表現した詩の世界、J-POPと歌謡曲、和、オリエンタルを融合させた唯一無二の世界観が、幅広い世代から注目されている。2015年7月、人気作家よしもとばなな原作の映画『海のふた』の主題歌「はじまり色」と、恩師への感謝の想いを綴った「ねがいうた」の両A面シングル「ねがいうた/はじまり色」で、avex traxよりメジャーデビュー。2016年9月発売のファーストアルバム『東京恋文』は「第58回 日本レコード大賞」で企画賞を受賞。2018年9月には蘭華セルフプロデュースによるセカンドアルバム『悲しみにつかれたら』を発売。
J-POP、アニソン他、様々なジャンルのアーティストへの楽曲提供を行い、作家としても活動している。親子の絆や家族愛、人生、命、故郷をテーマにした歌詞の世界観が多くの人々に支持されている。出雲市観光大使。温泉ソムリエ。特技は書道七段、俳句。

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