
蘭華がデビュー10周年記念ライブで新曲「ありがとう」を初披露。自身の軌跡を辿る珠玉の作品たちを歌い、ファンとの絆に感謝
蘭華が7月21日、東京・渋谷区のライブレストラン「JZ Brat」でデビュー10周年記念ライブを開催した。サブタイトルに「~なんとかここまで来れました♪~」とつけられたステージで、ピアニストの金益研二、二胡奏者の沈琳(シェン・リン)のサポートを得て、この10年間の思いを詰め込んだ楽曲たちを披露した。

蘭華は2015年7月22日、よしもとばなな原作の映画『海のふた』主題歌を収録した両A面シングル「ねがいうた/はじまり色」でメジャーデビュー。和の心を表現した詩の世界や、J-POPと歌謡曲を融合させ、二胡や和楽器、民族楽器をサウンドに取り入れたオリエンタルな世界観が幅広い世代に注目されている。
また、最新アルバム『遺書』(全10曲)では彼女の経験した深い悲しみと怒りを内包させた強いメッセージを、ジャズやR&B、ヒップホップ、アニソンなど様々なジャンルのサウンドに乗せて届けた。

「蘭華♡デビュー10周年記念ライブ~なんとかここまで来れました♪~」が開演すると、マーメイドドレス姿の蘭華は静かにステージに立った。
第一声は「皆さんこんばんは!」だった。
「明日でメジャーデビュー10周年を迎えます。3連休の最終日、海の日に、いろんなご予定があったでしょう。ですけれども、こんなにたくさんの方にお集まりいただき本当に感謝です」


チケットは完売。満員御礼のライブだった。この日の会場「JZ Brat」で自身が歌うのは初めてだという蘭華は、「めっちゃ緊張してました。今、楽屋で2本目のユンケルを入れてきたところです(笑)」と、茶目っ気たっぷりに明かすと、デビューシングルに収録された「はじまり色」から歌い始めた。

続いては平和への祈りを込めた「心風景」だ。
「私がデビューしたのは戦後70年の節目の年でした。この曲は、戦地に赴く少年兵の気持ちを歌っています。あれから10年経っても世の中は変わっていません。今も世界の片隅では、泣き叫び、苦しみから逃れて、学校にも行けない、家もない、そういう人たちがいます。世界が平和になるというのはなかなか難しいことなのかもしれませんが、それでも願い続けたいです」
10年経っても色褪せない、むしろ現代においてより一層重みを増すメッセージが、切なくも美しい歌声で届けられた。

その後、第58回日本レコード大賞企画賞を受賞したファーストアルバム『東京恋文』から、リード「東京恋文」と「花籠に月を入れて」を続けて披露。沈琳が奏でる二胡の音色が響き渡るオリエンタルな世界が会場を包み込んだ。

「アジアにルーツを持ち、102歳で他界した祖母の愛の人生を歌った作品です」と紹介したのは、2ndアルバム『悲しみにつかれたら』に収録された「愛の遺産」だった。

蘭華の母方の故郷である島根県を訪れた際、世界遺産の石見銀山でサビのメロディーが降りてきたというこの曲は、17歳で最初の子を授かり、9人の子どもを産み育てた祖母の物語だ。
「母は9番目の末っ子なので、おばあちゃんが母を産んでくれなければ私はここにいません。おじいちゃんが亡くなってからも、お仏壇にいるおじいちゃんに向かって『あんた、私の顔忘れたか』といつも愛を語りかけていた。そんな健気な愛情に心を打たれて書いた曲です」
蘭華は祖母への深い愛情と尊敬の念を込めて、壮大に歌い上げると、最新アルバム『遺書』から「With you」を披露。切ない恋心を歌ったラブソングで会場をしっとりとさせた。そして、メドレーへと続いた。


メドレーの1曲目「愛を耕す人」は、蘭華にとって大きな転機となった作品だ。
「歌が書けなくなっていた時期、遠い異国の地・アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師のニュースをネットで見て、いてもたってもいられなくなり、1日で書き上げました」

中村氏への鎮魂歌(レクイエム)であり、平和を求めるすべての人々への“ねがいうた”でもある。実は、この作品を発表した3カ月後、蘭華は親友を自死で亡くすという、さらなる悲しみに直面する。その親友との「SNSで悩んでいる人を救う曲を書いてほしい」という約束を果たすために制作されたのが、最新アルバム『遺書』だった。

メドレーは「愛しき我が故郷」「ともしび」へと続き、彼女の音楽人生の核となる祈りと願いを込めた、重厚なステージで前半を締めくくった。


インターバルでは、金益研二と沈琳による演奏が披露された。金益は自身のオリジナル曲「タンゴ・キジトラーニャ」、沈琳もオリジナル曲「夏の薫り」を届けた。

後半、蘭華は「久しぶりに着てみました」とチャイナドレスで登場した。
「最初のドレスは着れなくなっていたんですが、スポーツジムに通ってやせまして、再び着れるようになりました! でも、チャイナドレスは、以前はSサイズだったんですけど、Lになりました!」
会場の笑いを誘うと、中国民謡を歌い始めた。
アジアンメドレーと題し、「草原情歌」を美しい中国語で歌い上げると、よくカバーして歌っていたという「蘇州夜曲」、そして「燕になりたい」、再び「草原情歌」へと続き、二胡の音色と相まって、会場は一気にオリエンタルな雰囲気となった。


ここでサプライズがあった。近年の蘭華作品をプロデュースする柿崎譲志氏がステージに上がったのだ。柿崎氏のギター演奏とともに、昭和100年にちなんで急きょ制作したという昭和歌謡風の新曲をワンコーラスだけ披露すると、蘭華はタイトルは未定だが、いつか音源化したいと話し、ファンを喜ばせた。


ライブのクライマックスは、親友との約束を果たした2曲だった。
「生きるか死ぬかを迷いながら生きている人が、今この瞬間もいます。そういう人に、それでも生きてほしいという思いを込めて作りました」


そう語り、届けたのは「誹謗中傷をやめないあなたへ」。歌い終えた後、「この曲はあえて強い言葉を使いました。きれいごとだけでは届かない思いがあると思ったからです」と、制作意図を力強く語った。そして、アルバムのタイトルにもなった「遺書」。強い怒りと深い悲しみを乗り越え、命の尊さを訴えるその歌声は、会場のすべての人の胸に突き刺さった。

在日カザフスタン共和国大使館のアイドス・ダルケノフさんが蘭華のデビュー10周年を祝福
ここで、在日カザフスタン共和国大使館の文化担当 アイドス・ダルケノフさんが花束を持って登壇した。
蘭華がカザフスタンの著名な詩人アバイの代表曲「黒い瞳」を日本語でカバーした動画を上げたことがきっかけとなり、同大使館から声がかかり、カザフスタンの独立30周年などを記念した「カザフの夢」を制作した縁によるもの。国際的な交流を大切にする彼女らしい一幕だった。



本編最後は、明るく前向きな「大地の祭り」で締めくくられ、会場は温かい拍手に包まれた。
アンコールに応え、再びステージに登場した蘭華は、客席にいた一人の少女をステージに招き入れた。今日が誕生日だという。
「あいりちゃんと出会った時は5歳くらいの時でした。茨城のお祭りに観に来てくれて、その後に一緒にうどんを食べたんです。ライブが終わった直後は全然しゃべってくれなかったのに、別れる時には『お姉ちゃん、もう帰るの?』って泣いてくれて。今日で11歳になったあいりちゃんは学校のお遊戯会でお芝居をしたり、歌も大好きだそうです」

歌手を目指しているという少女を前に、「私もデビューまで時間がかかりましたが、こうして歌い続けています。これからは、こんなふうに夢を持つ子たちのサポートもしていけたらいいな、という新しい夢もできました」と、音楽活動の幅を広げて行きたい意欲をみせた。
蘭華は「ハッピーバースデートゥーユー♪」と歌いながら少女を客席へ見送ると、8月8日に配信リリースされるデビュー10周年記念ソング「ありがとう」を初披露した。


「デビュー曲『ねがいうた』で亡き父や恩師への感謝を歌ったように、10年間の活動を支えてくれた方々への『ありがとう』を伝えたいです。聴く人それぞれの節目や大切な人への感謝を思い出せるような曲にしました」
特に印象的だったのは「誕生日には 愛のキッスを ありがとうの言葉じゃ足りない」というフレーズ。先ほどの少女へのエールとも重なっていた。
ラストはデビュー曲「ねがいうた」。原点回帰ともいえるこの曲で、10年間の感謝を改めて伝え、感動的なライブの幕を閉じた。

「なんとかここまで来れました」というサブタイトルに、彼女の偽らざる思いが込められていたこの日のライブ。決して平坦ではなかった10年間の道のりを乗り越え、深い悲しみや怒りさえも音楽へと昇華させた彼女の歌声は、これまで以上に力強く、そして優しく響いていた。ファンへの感謝を胸に、ヒット曲を世に送り出すという夢を語った蘭華。彼女の紡ぐ“ねがいうた”は、これからも多くの人々の心に寄り添っていくだろう。

なお、蘭華は7月27日、故郷・大分県中津のリル・ドリームで10周年記念公演を開催予定。地元公演は2年半ぶりだという。
2025年8月8日配信
デビュー10周年記念曲
蘭華「ありがとう」

「ありがとう」
作詞/蘭華 作曲/蘭華 編曲/入江純
徳間ジャパンコミュニケーションズ TWEB-684


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