田川寿美、歌を届ける使命~王道演歌「楓」から感じた表現者の心~
THE LONG INTERVIEW
TOSHIMI TAGAWA
田川寿美が歌う王道演歌「楓」が好評だ。“楓”が紅葉する様をテーマに、恋の終わりを迎えた女心を表現している。ファンの声に応えた本格演歌であり、田川にとって新しいチャレンジでもあった。そんな田川に新曲ことはもちろん、歌を届けるためのエネルギーについて聞いた。
「楓」に綴られる美しい詩の世界
――コロナ禍により、約1年8カ月ぶりのリリースとなった新曲「楓(かえで)」ですが、10月5日付のオリコン週間シングル演歌ランキングでは1位となり好評ですね。まずは、この曲との出合いについて教えていただけますか?
田川 ここ最近は、少し明るめの応援歌のような雰囲気の作品を歌ってきたので、ファンの方からも「本格演歌を聴きたいな」という声をいただいていました。そんな期待に応える形で「楓」は出来上がりました。でも、デビューして29年にもなると、たくさんの本格演歌を歌ってきましたので、親しみやすさがありながらも、サビの部分では「新鮮さを感じていただけるような曲がいいんじゃないか」というお話がありました。
――それが“田川寿美の王道演歌、新たなステージへ”という、新曲「楓」のキャッチコピーにつながっていくわけですね。
田川 作家の先生方にも、少しずつ進化しているところで演歌を作りたい、という思いがあったようです。そこで今回は“詩先(しせん)”で、先に詩を作って、その詩にメロディーをつけることになり、さいとう大三先生が“楓”をテーマにした、しっとりとした作品を書いてくださいました。
――恋の別れを迎えた女心を、“楓”というキーワードで表現した失恋ソングになっています。詩先ということですが、最初に詩を読んだ時の感想はいかがでしたか?
田川 ああ、きれいな詩の世界だな、と思いました。さいとう先生の作品には、蝶々や鈴虫など生き物が登場することが多いのですが、今回は“楓”がテーマになっていて、さいとう先生らしさを感じました。楓の切ない中にも凛とした雰囲気が目に浮かびました。美しい日本語が綴られていて、素敵でした。
――田川さんご自身にとっての“楓”のイメージは?
田川 楓は秋のイメージです。秋にはちょっともの悲しさがあります。たとえば、別れを決断する時に、楓が紅葉を迎える様になぞらえてみたり。悲しいけれど、ロマンチック。秋って、自分と向き合う季節かなと思います。
――新曲をいただく時は、いつもどんなお気持ちですか?
田川 ワクワク、です。曲をいただくことで、自分がリセットでき、新しく成長できるような気持ちになれるのが、このお仕事の魅力ですね。
じっくりと新曲に向き合う
――さいとう先生の詩に幸 耕平先生が曲をつけてくださった時はいかがでしたか? イントロから歌の世界に引き込まれます。
田川 幸先生は曲を作られた段階で、イントロのイメージも全部出来上がっているそうです。ですから、デモテープはいつもイントロ付きで聴かせていただきます。ただ、「こんなのできたよ」ってお電話をいただく時は、だいたいいつも街を歩いている時(笑)。今回も、すぐに道路脇で聴かせていただきました。一度聴けば、もう歌えるぐらいにサビが印象的でした。曲全体としても「派手さはないけれど、じんわりと来る作品だな」と思いました。
――サビが印象的ということですが、歌の表現の仕方について何か意識されましたか?
田川 「楓」のようなドラマチックな歌は、出だしから感情移入しちゃったり、歌い込んでしまったりしがちです。そこでサビの部分を気持ちよく聴いていただくために、組み立てを考えました。最初は淡々と、話しかけるように、説明するように歌っています。先生からも「やさしく聴こえるけれど、しゃべっているような」というアドバイスをいただきました。そしてサビの部分では、ちょっとテンポをずらして、大きく乗ったところで着地して歌っています。
――演歌歌手・田川寿美だからこそ、ですね。
田川 サビの部分は何度もレッスンにお伺いし、集中的に何カ月も教えていただきました。コロナ禍によって、当初の発売が延期されたのもあって、たくさんレッスンができてよかったなと思います。キーにもこだわって、安定感のある、芯のある声にするためのトレーニングにも通いました。
――発売日が延期されたことによる不安はありませんでしたか?
田川 曲をいただいてからリリースされるまでの期間が、今回のように何カ月も空くというのは初めてでした。不安な気持ちもありました。ですが、これまでの人生を振り返ると、16歳でデビューさせていただいてから、ずっと走りっぱなしで来ました。コロナ禍で、もしよかったことがあるとすれば、何か人間らしい生活ができているということでしょうか(笑)。これまではいつも何かに追われて追われて、いつも寝てるような寝てないような。そんな感じの緊張感から解放されて、静かに自分を見つめ直すことができました。これまでは新曲ができたらすぐに覚えて歌うという、スピード感が求められましたが、今回はじっくりと新曲「楓」に取り組めたのがよかったですね。