クミコの新曲「十年/人生のメリーゴーランド」~明日の見えない今だからこそ届けたい~

クミコ

8月25日に発売された「十年/人生のメリーゴーランド」は、歌手として大人の女性として様々な経験を重ねたクミコの人生観が凝縮された両A面シングルだ。片思いがテーマの「十年」、クミコ自身をイメージして作詞された「人生のメリーゴーランド」。どちらも思い通りにならない人生を描きながらも、曲の最後で“明日への希望”を見出している。十年前に東日本大震災に遭ってから、「音楽は、いったい何の役に立つのだろうか」と、自らに問いかけ続けてきたというクミコ。楽曲に重ね合わせた自身の人生観について話を聞いた。

「音楽は、歌は、いったい何の役に立つのだろうか」。自らに問いかけ続けた十年

「十年という月日が長いのか、短い日々なのか。本当にこの歌詞の通り、わからないですよね。人生に陰と日向があるとしたら、私にとってこの十年は陰の部分が多かったかもしれません。人生はなかなか思うようにはいかないもの、生きているってそういうことなんだと、本当によくわかった十年でしたね。ポジティブシンキングだけでは無理なんですよ。そういう考え方もありますけれど、ダメな時はきちんと下まで降りるしかない。底辺でしか味わえないことって、たくさんありますもの。その後でなら、浮上するしかないじゃないですか」

8月25日に発売されたクミコの両A面シングル「十年/人生のメリーゴーランド」は、どちらも過去のアルバム収録曲で、ファンからシングル化を待ち望まれていた人気の曲だ。コロナ禍で自由に音楽活動が出来ない現在、私生活では両親の介護などもあって、何ごとも順風満帆だとは言えないというクミコ。思い通りにならない人生や片思いをテーマにした今回のシングルについて、自身の人生観を交えながら話してくれた。

2011年3月11日、クミコはコンサートのために訪れていた宮城県石巻市で、東日本大震災に遭った。会場の石巻市民会館から、着の身着のままで裏山に避難してみんな無事だったものの、楽屋に置いてあったドレスも眼鏡も鍵も財布も何もかも津波で流されてしまった。翌日、石巻から仙台へ向けて発ち、仙台で一夜を明かしてから飛行機で庄内空港まで行った。自宅へ帰れたのは、3日後だった。

「私にとって石巻は故郷じゃないのに、それでも震災のことはかなり尾を引きました。私自身の心がすごく変わってしまって、心の傷ってこんなにも元に戻らないものなんだなと思いましたね。ご縁ができた方に何度も会いに行って、三回忌も行きましたが、そこで一生分の涙を全部流し終えちゃったみたいな気がします。それからは“時薬”みたいに少しずつ自分が癒やされていきましたが、思いもよらないようなことって、絶対に自分にだけには起きないということはないんだなと。しみじみとそう思うようになりました。どんなことも、誰にでも起こりうる。それらを全部、受け入れながら生きていくしかないんでしょうね」

その千年に一度の大震災と言われた大震災から十年経った現在は、百年ぶりの世界的な疫病流行と言われる新型コロナウイルスに世界中の人が苦しめられている。クミコにとっても「音楽は、歌は、いったい何の役に立つのだろうか」と自らに問いかけ続けた十年だったという。その思いがそのままタイトルになったかのような「十年」は、2007年にリリースされたアルバム「十年~70年代の歌たち~」のために中島みゆきが書き下ろした長い片思いの曲。歌の主人公が出会った時、彼にはもうお似合いの女性がいたので距離を置いて見守っていた。幸せに暮らしていると思っていたのにそうではなくて、知らない間に新しい恋人が彼を支えていたという切ないストーリーだ。

「この女性は、かっこいいなと思いました。いくら好きでも添えない相手っていると思うんですね。一緒にいたら、自分がダメになる種類の男だってわかっている。遠くで見ている時は輝いているけれど、近寄りすぎてしまうとお互いの輝きがなくなってしまうとわかる大人の女性なんです。冷静に物事を見つめることは、時として辛いことになるけれど、それを全部受け止めてね。だけど相手の男が最後にちょっと肩を抱いたり、茶々を入れたりするわけですよ。おバカさんね(笑)。男は十年経ってもまったく成長していないけれど、女は十年でどれだけ人間として成長したか、ということです。言い寄って騒いだり、嫉妬に狂うわけでもなく、涙に暮れたりもせず、自分の中に納めて生きていけるのがかっこいいの」

「十年」のレコーディングにあたって、日本在住のブラジル人Renato Iwai氏が、リアレンジのプロデューサーに決まった。コロナ禍下でも音楽でつながりたいと願うブラジルのミュージシャン達が、地球の裏側から国境を越えたリモートでレコーディングに参加してくれた。

「遠く離れている気が、全然しなかったですね。リモートで行なったのも、今ならではのレコーディングだったなと。知らなかったことが、ああ、こういうふうに出来上がってるんだなとわかったのが面白かった。私はブラジルの音楽が特に大好きだったわけではないので、ボサノヴァのようなリズムの取り方が初めてでした。結構、苦心惨憺としましたけど、そこが楽しいと言えば楽しかったです」

「やれることを、淡々とやっていくしかないのです。とにかく生き抜きましょう」

もう一曲の「人生のメリーゴーランド」は、久石譲氏がジブリ映画「ハウルの動く城」のテーマ曲として作ったものに、クミコ自身の人生を重ねて詞をつけた曲。作詞を担当した覚和歌子氏は最初、ハウルの映画の世界観に沿って、戦いや平和をテーマに詞を書いた。レコーディング前に、宮崎駿監督にFAXで詞を送ったところ、「そういうのではなくて、クミコさんの『人生のメリーゴーランド』にしてくれていいんだから」と言われてしまい、慌てて書き直してもらったのだという。

「ちょっとこう、うらぶれた女の人なんですよね。私には、この歌を歌うたびに思い出す景色があるの。寅さんの映画で、木の実ナナさんがマドンナだった作品。今はもうない浅草の国際劇場という古い劇場のシーンがたくさん出てくるんですけれど、彼女はSKD(松竹歌劇団)の踊り子役なのね。この歌の中でも、男はどっか行っちゃうし、楽屋口のドアさえも古くて軋んじゃって、西日だけが当たっているなんてね。西日って、胸がざわついたり、うら悲しくなったりするのはどうしてなのかしら。うまく行かないことばかりでも、明日はあるかもね、というところで終わる曲です。そういうところが、私の人生にぴったりの歌詞なのかな」

回れ 星のように
歌え 花火のように
向かい風にも止められない
メリーゴーランド ー
めくるめく浮き世に
まだ愛は探せそうで
のばした指の先
まだ明日がありそうで
(「人生のメリーゴランド」歌詞より)

なんでも思い通りに叶うわけではないと知る経験は“宝物”だ。そう思っていられることこそが“幸せ”なのだとクミコは言う。すぐに白黒をつける方が楽だが、人生のほとんどは白でも黒でもないので、そこで耐えてこそ得られるものがあると。
それでは、何があっても辛抱強く受け入れて、ひたすら回り続けているのが、“人生のメリーゴーランド”なのだろうか。

「上手くいかないことがあれば、自分がどんな人間で、何が足りないのか一生懸命に考えるじゃないですか。恋愛だったら、あの人に似合う私じゃないなら私の価値はなんだろうか、とかね。自分を掘り下げる機会になりますよ。そうですね。人生はだいたい回り続けていて、なんだかんだ言っても、まったく別のどこかへ飛んでいくことはないわけです。天体と同じ。惑星のように、何があっても回っているという、大きな流れの中で生きているのが人間ですから。目先のことをきちんとやって、淡々と生きるしかないのです。その中で明日への希望を見い出したり、自分が亡くなってもまた次の命が続いていくのね」

大震災とコロナ、未曾有の出来事が二つも起こったこの十年を経て、コロナ禍が収まらず先の見えない時代がこれからも続いていく。最後にもう一度、クミコにこれからのことと、新曲について聞いてみた。

「震災の後は“絆”を大切に、一緒に頑張ろうねと抱き合いました。会いに行って語り合ったり、一緒にご飯を食べたり、ふれあいを大事にしていたのに。コロナは、そういう励ましあいができないなんて、すごく酷ですよね。それだけ試されているのでしょう。この状況で、私たちがどう生きていくかということを……。たとえば私は、93歳になる両親に向き合っている介護世代なんですね。本当に生きるって、なかなか大変なことです。大変すぎて笑えちゃうこともあるくらい。でもだから人間なんだなという感じかな。こんな時だからこそ、皆さんに『十年/人生のメリーゴーランド』を聴いていただきたいです。どちらの曲も、物語の淡々とした流れを、ご自分に重ねながら聴いてくださいね」

(取材・文=夏見幸恵)

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2021年8月25日発売
クミコ「十年/人生のメリーゴーランド」

「十年」
作詞・作曲/中島みゆき 編曲/Renato Iwai
「人生のメリーゴーランド」
作詞/覚和歌子 作曲/久石 譲 編曲/村松崇継
日本コロムビア COCA-17909  ¥1,350(税込)

クミコの「十年/人生のメリーゴーランド」は、どちらもシングル化を待ち望む声が多かった過去のアルバム収録曲である。2007年に中島みゆきが書き下ろした「十年」は、リアレンジのプロデューサーに日本在住のブラジル人Renato Iwaiを抜擢。コロナ禍下でも音楽でつながりたいと願うブラジルのミュージシャン達と、国境を越えたリモートによるレコーディングが行われた。「人生のメリーゴーランド」は、ジブリ映画「ハウルの動く城」のテーマ曲に、「いつも何度でも」などの作詞で知られる覚和歌子が詞をつけた。村松崇継のシンフォニックなアレンジと、田ノ岡三郎のアコーディオン演奏が印象的な楽曲に仕上がっている。


Profile
クミコ(くみこ)
茨城県水戸市生まれ。1982年 銀座「銀巴里」でプロ活動スタート。2000年9月 松本隆と鈴木慶一プロデュースのアルバム「AURA」が大人のポップスとして話題になる。2002年「わが麗しき恋物語」が“聴くものすべてが涙する歌”としてヒット。2010年「INORI~祈り~」で第61回NHK紅白歌合戦出場を果たす。2016年 松本隆によるプロジェクト“クミコwith風街レビュー”始動。2017年フルアルバム「デラシネ」をリリースし、第59回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。その他ヒット曲多数、各方面で精力的に活動中。

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