真木柚布子「紅傘の雪」~女の情念をドラマチックに~
真木柚布子が3月10日、新曲「紅傘の雪」を発売した。女の情念をテーマに歌詞を書こうと思った時、真木の脳裏にはっきりと浮かび上がって来た情景。それをそのまま書き取ったという鮮やかでドラマチックな作品である。雑誌の付録の歌本を教科書代わりにしていた子どもの頃のこと、高校生でデビューした女優時代のこと、演歌歌手としてデビューしてからもずっとブレない歌や舞台に対する思いを聞いた。
冷たくて真っ白な雪の中に、蛇の目傘の燃えるような赤
「美しい大輪の花を咲かせてパッと散っていく花もあれば、日陰でそっと咲き続けるささやかな花もあって。歌い手の生きざまも人それぞれ、いろいろありますよね。だけど今のこの時代に、歌い続けていられることを“幸せです”って胸を張って言えるのかどうかは……難しいですね。大変な時代だなと思います。でもね、嘆いていても仕方がないので、これから少しずつでも動き出そうかなと思っています」
新型コロナウイルス感染症の流行が発表されてから一年を過ぎ、音楽業界も活動の自粛を余儀なくされたままである。以前のように外出できる日々を待ちわびる人がいる一方で、すっかり出不精になり趣味のカラオケや習い事からも離れてしまった音楽ファンも多いようだ。首都圏の緊急事態宣言が解除されないまま、新曲発売日を迎えることとなってしまったが、真木柚布子は明るい笑顔を見せた。
3月10日に発売された「紅傘の雪」は、前作「時には花のように」(2020年4月22日発売)に引き続き、真木本人が作詞を手がけている。自身が作詞をすることは、良くしていただいていた作詞家の下地亜記子氏に対して失礼でおこがましいことであると思い、ずっと封印していた。下地氏が亡くなって4年以上が経ち、ディレクターから「こんな時期なのだから、思い切って詞を書いてみたら」と促され、外出を自粛している期間中に書いたのが前作だった。今回はさらに、曲調を変えたカップリングにも挑戦した。
「女の情念のようなものをテーマに書こうと思ったんです。切なさと、それでも燃える想いを”赤”で表現できたらいいなと思ったの。そしたら情景が私の中にはっきりとした映像となって浮かんで来て。冷たくて真っ白な雪の中に、蛇の目傘の燃えるような赤……雪が降り積もって、傘の骨が折れそうな重み。そんなイメージをもとに書きました」
真木自身は、ここまでのドラマチックな体験をしたことがないそうだが、ずるい男にだまされる女の性(さが)を表現したかったと話す。「悪い男かもしれない」と思っても好きな気持ちを抑えられず、どうすることもできない女の性。
「着物を着て追いかけようとすると、けだしが湿気でまとわりつくんですね。『行かないで』と追いかける時に、絡みつくけだしは『行くな』と引き止めているのね。雪下駄でも雪の中を漕いでいくのはすごく大変で、それでも追いかけていきたい。そのもどかしさを描きたかったんです」
一方のカップリング「満天の夢」は、ディレクターと「ビギン(ラテンアメリカ音楽の4分の4拍子)のリズムが心地よい曲が欲しいね」と話したことから生まれた曲。もともとはこちらを表題曲にする予定だったという。曲調は明るいが、女性が別れを後悔している内容だ。
「好きな男性と別れたことを後悔している曲と捉えていただいてもいいのだけど。私の中では、好きな人のことを信じ切れずに捨ててしまって、それを苦にした相手が亡くなってしまったという悲しいコンセプトもあったわけなんですよ。満天の星の中に好きだった人を探すというところの解釈は、受け取る側の皆さんにお任せしようかな」
「先の見えない時代になっても演歌ミュージカルのひとり芝居を続けていきます」
真木柚布子の真骨頂といえば、歌と踊りと芝居を演歌で見せる「演歌ミュージカル」だ。デビュー当時から規模の大小にかかわらず続けており、確立できたと感じたのはここ10年くらいのことだという。楽屋や舞台袖はあわただしく、早変わりが大変だ。かつらはすぐに交換できてもメイクを直すことはできず、口紅を落としてパフでたたいて色を消して老婆に変身したりもする。
老婆の言い回しや声色は昔から得意だったが、少女役は難しい。2017年前に上演した「知覧のホタル」では15歳の少女を演じるために、「戦時中の女学生が太めだったらおかしいだろう」と10Kgものダイエットをしたほどの努力家である。
幼い頃から芸事が大好きだった。物心がついてからは歌ばかり歌っていて、“明星”や“平凡”といった芸能雑誌を買ってもらっては、付録の歌本を歌の教科書にしていた。セリフを読み上げることも大好きで、セリフの教科書はマンガ本だったと話す。
「小学生の頃は、教科書を忘れても歌本を忘れたことはなかったですね。誰よりも早く、誰よりも多くの歌を覚えたかったの。マンガはセリフでできているし、表情も描かれているから良いお手本になりましたね」
小学校で人形劇部、中学では音楽部に所属していた真木は、高校では演劇部に入部した。さらに地元から東京まで毎週、養成所に通い芝居の勉強をしていたが、舞台稽古が毎日になると通いきれなくなり、東京の高校へ転校することになった。転校した高校には、すでに大スターとして活躍していた山口百恵がいた。高校2年、3年を百恵さんの同級生として過ごすことになる。
「養成所に話が来たオーディションを受けたら、それが東宝の『エデンの海』っていう百恵ちゃん主演の映画だったんですよ。本当に、たまたまだったの。運動会のシーンから撮影が始まったんだけど、その時に百恵ちゃんが私を見つけて“どうして、あなたがここにいるの?”って(笑)。私がお芝居をやってるなんて知らなかったわけだから、すごく驚いていましたね」
芝居や映画をやりながら高校時代を過ごし、卒業してからは事務所に所属してドラマ出演などもするようになる。まだ歌手ではなかったが、舞台で歌を披露する機会も増えてきた。
劇団四季の研究所に所属していた頃は、本格的にカンツォーネやシャンソンを習ったり、ジャズも歌っていたという。“松本真季”という名前でポップス歌手としてデビューしたこともあるが、その時は女優業も続けていた。
レコード会社を移籍して名前も変え、1989年「いのち花」で演歌歌手としてデビュー。それからは演歌一本に活動を絞っていまに至る。
「真木柚布子といったら“演歌ミュージカルのひとり芝居の人”って言っていただけるようになりたいです。そのためにはこまめに活動をしていかなければ。自分のオリジナル曲でひとつの舞台作品を作るって、結構大変なことなの。今回の『紅傘の雪』を書く時も、こんなタイプのお芝居の曲にしたいとある程度は想定して書きました」
新曲を歌うだけでなく、その先に新たな”芝居”を生み出し、さらに演じてみせるという常に前向きに挑戦し続けている真木に、今後の活動と抱負について聞いてみた。
「今の時代に夢や抱負を語るのは、とても難しいですよね。でも私にはこれしかないと思ってやり続けてきたのだから、乗り切っていくしかない。もともとあまり悩むタイプでなくて、どうにかなるって思える性格なんですよ。百恵ちゃんが美しい大輪の花ならば、私は日陰でそっと咲き続けるささやかな花。こんな状況なので、あまり大きなことは言えないけど、これからも私はやっていきますよ!やるっきゃない!(笑)」
やはり、とびきり明るい笑顔を見せた。
(文=夏見幸恵)
2021年3月10日発売
真木柚布子「紅傘の雪」
50枚目のシングルとなる新曲「紅傘の雪」は、前作に引き続き真木柚布子本人が作詞を手がけた。深紅の蛇の目傘に降り積もる雪、足元に絡みつく着物の裾のもどかしさ。女の情念をテーマに、和のテイストが色濃く漂うスケールの大きな楽曲に仕上がった。カップリングの「満天の夢」は、リズムの流れが心地よい軽やかなタッチの歌謡曲。満天の星空に過ぎ去った幸せをもう一度と願う、いじらしい女心を歌っている。作曲は「ふられ上手」「夜明けのチャチャ」などでおなじみの樋口義高が担当した。
Profile
真木柚布子(まき・ゆうこ)
北海道美唄市生まれ、埼玉県秩父育ち。劇団四季研究所出身。1975年、東宝映画「エデンの海」で役者デビュー。「銭形平次」「太陽にほえろ」「必殺仕切り人」「熱中時代」などテレビドラマにも出演。1989年に「いのちの花」で歌手としてデビュー、翌年「いのち花」で新宿歌謡祭銅賞受賞を受賞。特技は日本舞踊(藤間勘千雪)と津軽三味線(澤田春雪)。歌と踊りと芝居を一つのステージで表現する「演歌ミュージカル」を確立。精力的に活動を行っている。