沢井明の新曲「東京シネマ」〜懐かしさと新鮮さがミックスしたおしゃれな歌謡曲〜

2016年にテイチクレコードへ移籍しリリースした「あまのじゃく」が話題を集めた沢井明。そのポップ路線にもう一度挑戦したという新曲「東京シネマ」は、二度と戻らないたった一度きりの人生を映画にたとえて描いた作品。老若男女や世代を選ばずに愛される、懐かしさと新鮮さを持ち合わせたおしゃれなメロディーが印象的な女唄だ。

「一点一点をつなぎ合わせた人生という名の映画。その主人公は皆さん」

 

Q 沢井さんは2016年にテイチクレコードに移籍されました。前作の「嘘の積み木」から約2年数カ月ぶりの新曲ですが、正直なところ、コロナ禍の影響はありましたか?

沢井 それはありましたね。ですので、新曲はまだいいかなと思うところもあって延期をしました。一年に一回出させていただいていて昨年もお話はいただいていたんですが、前作の「嘘の積み木」とカップリング曲の「流れ路のブルース」が評判も良くて結構歌われているというのもあって、ちょっと様子を見ましょうかと言っていたらコロナとぶつかって。昨年春に出す予定が一年近く延びてしまいました。

Q 2018年に前作を出された後、マッハ文朱さんとのデュエット曲「ラブコールは5回目で」も出されて、2018年の後半から2019年にかけてお忙しかったのではないかと思うのですが、いかがでしたか。

沢井 そうですね。ソロの歌とデュエットとけっこう忙しくやらせていただいてとても充実した時間だったと思います。

Q 1995年にリリースされた「君を守りたい」や「泉州佐野港」から数えると、昨年は25周年。コロナで思うような歌手活動ができなかった中で、25周年なのになぁ、みたい思いはなかったですか?

沢井 そうですね……20年くらいやってるのかなっていうのはありましたけど、あまり気にしていなかったですね。周りも何も言わないし(笑)。でもまぁ去年はそれどころではありませんでしたからね。すべてが無になってしまいましたから。

Q この「東京シネマ」にたどりつくまでにいろいろな方向性はあったんですか?

沢井 ありましたね。去年の後半は、どういう楽曲がいいのかとディレクターと食事したりしながら話したり、先生方ともいつでもGOが出せるように練っておこうと構想はいろいろ温めてはいました。テイチクさんに移籍させていただいて3作出したシングルの中で「あまのじゃく」がポップな曲、「おもいで蛍」がバラード、「嘘の積み木」が演歌。ディレクターが3作品試してみようよということでやったんですけど、「あまのじゃく」がいまだにカラオケでも歌われていているということもあり、もう一回戻してみようかということで今回の「東京シネマ」というポップな曲になりました。

Q 歌詞の内容とか、テーマについてはいかがですか?

沢井 僕自身これまでは各地いろいろな場所で歌っていただきたいという思いがあるので、ご当地ソングというかあまり地域を限定するような曲は出したくないなと考えていたんです。でも詞を見せていただたらすごく良い詞だったので、まずタイトルを見た時に「いいタイトルだな」って、“東京”に“シネマ”がついているというのがちょっと新鮮でとくに僕は映画が好きなもんですから、グッと入っていきましたね。

Q この曲に出てくる映画館はいわゆる最近のシネマコンプレックスじゃないというか、古き良き時代の映画館という感じですね。

沢井 そうですね。今の若い人の恋愛ではなくて若かりし頃の恋愛を思い浮かべたり、男性も女性も恋の一度や二度は皆さんしているわけで、そうやって喜びや悲しみもあるわけですから、恋愛だけじゃなくいろいろな場面も思い浮かべながら歌いました。

Q 人生をシネマ、つまり映画にたとえているということですよね。

沢井 人生の一点一点をつなぎ合わせてシネマというか。映画の主人公は皆さんそれぞれだと。「二度と 二度と あの日は戻れない」というのは恋愛をした時に限らず、たきのえいじ先生は“人生は振り返ってももう戻ってこない”というような意味合いで書かれたということをお聞きしたので、恋愛は比喩的に使われていますけど、僕は人生の歌として歌っています。

Q 映画鑑賞がご趣味ということで、映画館の思い出とかありますか?

沢井 『蒲田行進曲』という映画を友人と観に行った時に、あの頃通路に座って観た記憶があるんですよ。お客さんが多くて座れなくて。すごいなこの映画って、それはとても記憶に残っていますね。あとは、僕は田舎は熊本なんですけど、子どもの頃親父が映画が好きでよく連れて行ってもらっていたんです。親父は警察官だったんですけど、昔は警察官て手帳を出すとタダで入れてたんですよ(笑)。

Q そうなんですね! ところでレコーディングについてはいかがでしたか?

沢井 去年の10月か11月頃に、オケ録りと歌入れを同時にやりました。実は私、レコーディングで自分が歌いながらけっこう泣いてしまうんですよ。先生方は前作からご一緒だったので、とくに田尾先生は「今度も泣くかな」ってミッションにされていたみたいで……(笑)。で、案の定歌が止まってしまったので、ブースの向こうで田尾先生は「やった!」って言っていましたよ(笑)。

Q 胸に迫るものが……。

沢井 そうですね、詞も曲も……。どちらかというと世界に入ってしまうタイプで涙もろいんです。だから今回もカップリング曲の「母の歌」なんかはバッサリ止まってしまいました。最初のフレーズは泣いているところが使われていると思います。「母の歌」に関しては、先生方はカップリングじゃもったいないけどねって話されていましたね。

Q どんな流れで「母」を題材にした曲を歌われることになったんですか?

沢井 この曲をいただくまではわかりませんでした。家族とか人生の歌を歌いたいと思っていたんですけど、今回「母」のことを歌うことになったのはたまたまです。これまでにもいろいろな母の曲はありますけどこの曲は全然違うなと思うところがあって、この曲はおふくろが主人公。子どもの生きざまは一切出てこないんです。母の生き様しか出ていないので、そこは大きな違いだしこの曲の素晴らしさだと思っています。母自身にしかスポットを当てていませんので、そういう意味合いで歌っていただければと思います。

脳裏に残る母親の姿、愛、思い出

 

Q 実際にこの曲の中で沢井さんのお母様と重なる部分はありますか?

沢井 はい、いっぱいあります。昔は警察官は貧乏だったので母は内職をしていました。僕は姉が3人いるんですけど、3人が年子なんですよ。で、僕がすごい離れていて。みんなお金がかかるじゃないですか。着物を縫ったり内職したりしていたおふくろを見ていたので、すごい重なりましたね。

Q 沢井さんとお母様との思い出で印象的なことはありますか。

沢井 小学校の時に剣道をやっていて運動やりすぎて腎炎になったんですよ。父が剣道の先生だったので、風邪ひいても何しても連れに来るんですよね。それくらいじゃだめだと。それがこうじて、栄養のバランスも悪くて起立性腎炎というのになりまして。入院退院を繰り返しながら毎週おふくろと大学病院に検査に行っていました。その時大学病院の近くに神社がありまして、そこで必ずお百度参りをして帰ってくれていました。裸足でやっているおふくろの姿が……、それがいまだに脳裏にありますかね。

Q 素敵なお母様ですね。

沢井 そうですね。その病気が2年間続いたんです。よくなって剣道やるとまた悪くなっての繰り返しで。これはもうずっと腎臓が悪いままなのかなって思ったんでしょうね。でもそれでその後は元気になったんですよ。

Q 沢井さんにとって満を持しての2曲、意欲作だと思いますが、どんな方に聴いていただきたいとか、どんなふうに歌っていきたいなどはありますか。

沢井 今の時代はCDもそうなんですがカラオケが主流になってきましたので、やっぱりカラオケで歌いたいと思わせる歌じゃないとなかなかヒットにはつながらないのかなと。皆さんが僕の歌を聴いて、なんかこう一行でも心に響いたと、そういう歌が歌えたらいいかなと思っています。「東京シネマ」はテンポがいいので全然飽きがこないんですよね。今風なところとちょっと懐かしい昔風のミックス。それが逆に新鮮で、アレンジも複雑ですけどすごくおしゃれで、ストリングスがふんだんに入っているので聴いているだけでも気持ちいいと思います。「母の歌」も、昭和の母を思い浮かべて老若男女や世代問わずぜひたくさんの方に歌っていただきたいですね。

 

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2021年1月20日発売
沢井明「東京シネマ」

「東京シネマ」
作詞/たきのえいじ 作曲/田尾将実 編曲/猪股義周 
c/w「母の歌」 
作詞/たきのえいじ 作曲/田尾将実 編曲/猪股義周 
テイチクエンタテインメント TECA-21004 ¥1,227+税

 

2016年にテイチクレコードに移籍し「沢井明」に改名して4作目となる「東京シネマ」は、昔の愛した人と思い出を振り返り、二度と戻ることはない人生を映画の一幕一幕にたとえて描いた作品。リズムのよい歌謡曲調でカラオケファンやにオススメ。「出だしが急で私も最初戸惑ったんですけど(笑)、で、も入り口さえ克服できたら大丈夫ですので何回も練習していただいて、あとはちょっとステップがあるんですけどMVをご覧いただいて振りをつけながら楽しく歌っていただけたらと思います」(沢井)。

 


Profile
沢井明(さわい・あきら)
熊本県生まれ。学生時代はフォークソングに親しみ、その後クラブ歌手を経て作曲家・猪俣公章氏、新井利昌氏に師事し、歌手の道を目指す。1995年に「沢井圭介」「澤井あきら」名義で「君を守りたい」「泉州佐野港」などのシングルを発表し、カラオケファンなどから多くの支持を集める。2012年、「沢井あきら」名義で「さくらよ…」をリリースしメジャーデビュー。2016年にテイチクレコードへの移籍を機に「沢井明」に改名し「あまのじゃく」をリリース。これまでに3枚のシングルとマッハ文朱とのデュエット1曲をリリース。