松前ひろ子

【インタビュー】松前ひろ子 歌手人生55年、初めて歌う故郷の歌 ― 新曲「矢越岬」に込めた感謝と涙

歌手人生55年。その長い道のりには、幾多の山と谷があった。喜びも、そして人知れず流したであろう涙も、すべてを深い情へと昇華させ、松前ひろ子は歌い続けてきた。

その節目の年を飾る記念曲の最終章として、ファン待望の第3弾シングルが届けられた。

両A面で贈る今作の一曲は「矢越岬」。これまで数々の望郷歌を歌ってきた彼女が、歌手人生で初めて、自身の故郷・北海道知内町に立つ岬を歌う。55年という歳月をかけてようやく辿り着いた、魂の故郷への賛歌だ。

そしてもう一曲は、松前演歌の真骨頂ともいえる夫婦演歌「命みちづれ」。この二つの歌には、彼女の歩んできた人生、そして支えてくれたすべての人への感謝が、深く、静かに込められている。


文=藤井利香

「今からでも間に合う!」。5年越しの想いが結実

――デビュー55周年記念曲の最終章は、両A面シングルですね。まず、「矢越岬」は松前さんの故郷を歌った曲で、特別な思いがあるのではないでしょうか。

松前 現在は観光地(「青の洞窟クルーズ」「矢越海岸」など)としても知られるようになりましたが、実はそう簡単に行けるところではないんです。この地域は陸路では行けない秘境地帯で、船に乗らないとダメ。それも荒々しい日本海ですから気候によっては思うように近づけない。だからこそ、行けば感動するような海岸風景に出会えるわけで、私自身も地元にいた時は矢越岬の存在はほとんど知りませんでした。

道南にある知内(しりうち)は小さな町です。民宿を経営している人が、観光客に「見るところがないね」と言われたので、船を出してこの矢越岬に連れて行ったところ、大喜びされたことが広く知られるきっかになったそうです。町役場に報告すると「ぜひ観光スポットに」ということになり、今から5年ほど前には、町から「歌にして歌ってほしい」というリクエストが私のほうへ届きました。

松前ひろ子

――今回5年越しの町の希望が叶い、同郷の北島三郎さん(作家名:原譲二)が曲をつくってくださったというわけですね。

松前 私が「恩返しのつもりで故郷の皆さんの要望にお応えできたらいいな」と、それを北島さんにお話しましたが、最初は「あげなところ、みんな知らないんでねか?」と、作品として成り立つのか半信半疑のご様子でした。また、その頃はお仕事や体調面のこともあり、結果的に先送りの状態になっていたんです。でも、どこかでいつも気にしてくださっていたんだと思います。「55周年コンサートのスタートは6月の函館からなんです」とお話しさせていただいたら、「今からでも間に合う!」と言ってくださって、3月末に一気に書き上げてくださいました。だから正真正銘、出来立てのホヤホヤの曲なんです(笑)。

故郷でのMV撮影が生んだ感動の大合唱

――松前さんの紆余曲折の歩みが淡々と語られています。

松前 今回、詩は麻(こよみ)先生が書いてくださいました。私は家出同然で歌手を志し、上京しました。当時は青函連絡船に乗るまで4時間、そこから寝台特急で東京まで10時間以上かかり、そう簡単に実家に帰ることはできません。この時の心情を書いてくださいました。デビューして2年後には交通事故に遇ってしまい歌えない時期もあって・・・。山あり谷ありの歌手人生で、いっぱい泣きましたね。でも、こうして55周年を迎えることができたのは、故郷の人々を始め多くの人のおかげ。今回この曲で故郷に恩返しができるなと思うと、それが一番うれしいです。

――松前さんのご実家は、今も知内町に?

松前 廃線になった松前線の駅のすぐそばに家があり、住まいは取り壊されて、今は庭だけ残っています。父と母ともに亡くなりましたので、故郷に帰る機会もなくなり、それがすごく心残りだったんです。

でも、曲ができてすぐの4月には、さっそくミュージックビデオ(MV)の撮影をしに足を運びました。北海道の知内町って人口わずか3800人の町なんです。でも朝から周知してくださったせいなのかしら(笑)、私が「道の駅」に到着した時には会場に入れないくらいたくさんの人が集まってくださって、もう大感激でした。

松前ひろ子

――それはすごいですね。MVの撮影は順調でしたか。

松前 うれしいハプニングが続出(笑)。もともと集まった方々も交えて映像を撮る予定ではあったんですが、皆さんが曲をいつしか覚えてくださいましてね。一人が歌い出したら周りの皆さんも一緒に歌い出し、あっという間に大合唱です。それを見ていたカメラマンが、「この流れを自然に撮りましょう」ということで、歌ってもいいし手拍子でもいいし、皆さんには思い思いにその場を楽しんでいただき、それが映像にそのまま入っています。皆さんとても楽しかったでしょうが、私もまさかまさかでうれしかったですよ。

――故郷の皆さんとの温かいエピソードですね

松前 故郷の皆さんは、すでに代がわりしていて、同じ年代のお母さんたちはみんないなくなり、娘さん息子さんの代になっているんですね。誰が誰だかわからないけれど、「〇〇の娘です」と声をかけられると、あらって気づく。懐かしさでいっぱいでしたし、かつて実家の家業を手伝ってくださっていたおばさんたちとも再会できました。ビデオには、町長さんも参加してくださっています。故郷に帰ることができてよかった、恩返しできてよかったと心から思います。

「優しく語れよ」と恩師の教え。そして、夫婦演歌に込めた願い

――カラオケでも多くの方に歌ってほしいですね。

松前 歌詞は重たいかもしれませんが、大変だった時期を乗り越えて今がある。幸せな人生と今は思えるので、歌う場合は歌詞を大事に、むしろ淡々と穏やかに歌ってほしいと思います。“望みをひとつ 胸に秘め”の冒頭のところは家を出る時の心情で、ややもすると突っ込んで歌いたくなりますが、北島さんも「優しく語れよ」と言っていました。“岬を越えた 矢のように”のサビの部分は、しっかり感情を込めて歌ってください。

――松前さん自身、歌うたびに昔の出来事が思い出されるのではないですか?

松前 そうですね。いろんなことを思い出します。レコーディングの時など、北島さんが「泣くなよ」って笑うの。さすがに真剣勝負ですからそうはなりませんでしたが、納得のいくまで何度も歌いましたね。そして、それを「最高の歌唱だよ」と北島さんも言ってくださいました。「そろそろ歌手引退です」なんて少し前にはお話しさせていただいたこともありましたが、「声も出ている。まだいけるぞ」って励ましてくださいました。

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――両A面シングルのもう1曲は「命みちづれ」。こちらは明るいメジャー演歌ですね。

松前 夫婦演歌ですね。3番にある“誰かと幸せ 比べずに 寄り添う笑顔が あればいい”という歌詞、いいでしょう。夫婦という関係に限らず、身近にいる大切な人ととらえてもいいので、自由に歌ってほしいと思います。生きていくのがつらい時もある今の時代だからこそ、みんなで支え合って生き抜きたいものです。

――夫婦演歌ではありますが、その思いは夫婦に限らないということですね。最後に、日々の暮らしについてもお聞きしていいですか。

松前 杖が手放せないというのはありますが、子どもたちに支えられながら「毎日明るく」をモットーに過ごしております。三山(ひろし)くんにはもう何も言うことはありませんし、あとは昨年デビューした小山雄大と、来年1月にデビュー予定のもう1人の若手女性をしっかり育てていきたいと思います。大変なことも変わらず多いですけどね、でもとても充実した毎日です。

松前ひろ子

インタビューで語られた松前ひろ子の言葉の端々からは、恩師・北島三郎氏への深い敬愛と、故郷への熱い想いがひしひしと伝わってきた。波瀾万丈の歌手人生を支えてきた座右の銘「継続は力なり」。彼女は今も静かに、しかし力強く体現している。

そして、愛弟子・三山ひろしと共に全国を巡るコンサート、未来の演歌界を担う若手の育成。その姿は、つらい世の中を「この手つないで はぐれずに」と歌う「命みちづれ」の歌詞とも重なる。

変形性股関節症や腰椎すべり症で手術を受けたこともあり、近年は杖が手放せなくなったが、その歩みは少しもとまらない。松前ひろ子の歌手生活55周年は一つの区切りであり、新たな始まり。彼女の歌声は、これからも多くの人々の心に寄り添い、明日への光を灯し続けてくれるだろう。

 

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故郷への恩返し -「知内町観光大使」に就任

発売日前日に行われた新曲発表会にはサプライズが。なんと、故郷・知内町から「知内町観光大使」(6月25日付)が委嘱されたのだ。同町の観光大使には北島三郎がおり、自分には縁がないものと松前は思っていたという。

西山和夫町長の代理として、知内町商工林業振興課の南和敏課長、同課商工観光係の佐藤剛係長から任命書を受け取り、堪えきれずに涙を浮かべた彼女の姿は、まさに「矢越岬」の歌世界そのもの。55年かかってようやく果たせた故郷への恩返しでもあった。

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2025年6月25日発売
デビュー55周年記念曲第3弾
松前ひろ子「矢越岬/命みちづれ」
「矢越岬」作詞/麻こよみ 作曲/原譲二 編曲/遠山敦 「命みちづれ」 作詞/麻こよみ 作曲/原譲二 編曲/遠山敦 徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-91629 ¥1,500(税込)

「矢越岬」
作詞/麻こよみ 作曲/原譲二 編曲/遠山敦
「命みちづれ」
作詞/麻こよみ 作曲/原譲二 編曲/遠山敦
徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-91629 ¥1,500(税込)

両A面シングル「矢越岬/命みちづれ」は2024年1月の「おんなの恋路」、同年9月の「漁り火情歌/波止場で汽笛が鳴く夜は」に続くデビュー55周年記念シングル第3弾だ。

「矢越岬」は、松前ひろ子が歌手人生で初めて故郷・北海道知内町を歌った望郷演歌。故郷に背を向け上京した日の決意、都会での苦労、そして今、故郷へ馳せる万感の想いが描かれる。恩師・北島三郎(原譲二)が手がけた重厚なマイナー調のメロディは、聴く者の胸に深く染み渡り、サビでは感情豊かに歌い上げる。まさに彼女の55年の歩みそのものが投影された、魂の一曲だ。

「命みちづれ」は、松前の真骨頂ともいえる夫婦演歌。つらい時も二人で手を取り合い、明日がいい日になるようにと願う、温かな人生の応援歌となっている。「誰かと幸せ比べずに 寄り添う笑顔があればいい」という歌詞が心に響く。曲調は、聴く人の心を明るく照らすようなメジャー演歌。親しみやすく覚えやすいメロディラインは、カラオケファンにも広く愛され、多くの人々に希望と安らぎを届けるだろう。

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