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清水まり子が新曲「父さん、あのね。」の発売を記念してライブを開催。「大事なものはこれから先も変わらない」

清水まり子が11月18日、東京・六本木の「プラスウインホール六本木」で、「清水まり子 新曲発売 HYBRID LIVE!!『父さん、あのね。』」を開催し、ライブ配信も同時に行った。

この日リリースされた新曲「父さん、あのね。」は清水自身が詩の原案を考えた曲。故郷・山梨のことが好きではなかった清水は、「早くあの山を越えたい」と、高校卒業と同時に歌手を目指して上京した。しかし、考えてみれば故郷が嫌いだったわけではなく、父親への反発心から家を出たかっただけだったという。

台風が接近している中で撮影したと明かす「父さん、あのね。」のMV(ミュージックビデオ)が会場に流されると、着物姿の清水が登場。嫁いでいく娘と父親の心情が歌われた1994年のデビュー曲「父娘(おやこ)坂」を披露する。デビュー曲にして大ヒットした大切な曲だ。

▲着物姿で歌う清水まり子。25周年記念のファイナルライブのために準備した新しい着物だったが、コロナ禍でライブが中止となり、お披露目できなかった。「今年、着てあげないとかわいそうだなと思って、今日、着てまいりました。鏡を見て、なんてきれいなんだろうと思いました(笑)」。

 

「25年間、歌わせていただきまして、昨年、1年間かけて全国へ行かせていただきました。最後は自分の故郷、山梨でファイナルをさせていただきたかったのですが、(コロナ禍で)延期、そして中止になってしまいました。その間、ずっと歌わない日々が続いてきたので、本当にうれしいです」

清水は、「愛する人」「流れて津軽」「あたなに首ったけ」「化粧崩れ」「酔っぱらっちゃった」「おんな風林火山~ニューバージョン~」「優しい嘘」「願い」などオリジナル曲をエピソードを交えて歌い継いでいく。

▲新曲「父さん、あのね。」の作詞・作曲を手がけたシンガーソングライターの青葉紘季もお祝いにかけつけ、アコースティックバージョンで歌う場面も。歌い終わると、清水は思わず涙ぐんでしまった。

 

「25年間で歌って来た曲は少ないです。でも、いい歌に巡り合いました」

そんな中、26年目の新曲について清水は逡巡した。答えは優しい気持ちになれる歌、身近な存在への思いを考えるきっかけになる歌を歌いたいと思った。

清水は2014年、亡き母のことを歌った「あなたへ」をリリースしている。

5年にわたる闘病生活の末、1989年に帰らぬ人になった愛する母。高校生だった清水は、闘病中の母の苦しみをみて、自分は母の年齢までしか生きられないと思い込んでしまった。

しかし、自分が亡くなった母の年齢を迎えた時、「あなたの分まで生きるネ。ありがとう、お母さん」という気持ちを原詩として書き綴り、シンガーソングライターの青葉紘季が作品に仕上げてくれた。

 
あれから6年――。

「50歳が近くなり、女になりたいと思ったんですね」

清水はコロナ禍の中で家族の大切さを思い、今度は父のことを歌おうと、また書き綴った。

「7月にレコーディングする予定だったのですが、延期、延期となり、アクセルを踏んだなと思ったらブレーキ。いけるなと思うとブレーキの日々が続きました。時間の流れが今までとまったく違う年でした。でも、大事なものはこれから先も変わらないと思います」

清水の父親は山梨県甲府市で100年以上続く稲荷ずし専門店「寿司店 清水家」を引き継いでいる。屋号を守るために、味を守るために頑固な一面もあった。そんな父に反発したこともあるが、「この前も、肩を揉んであげた」と、今では感謝している。

清水の父への感謝の気持ちを作品に仕上げたのは、「あなたへ」を担当した青葉だった。

「起承転結のない文章を、青葉さんが曲にしてくださいました」(清水)

青葉は歌詞の中に、そっと“父娘坂”というフレーズを忍ばせていた。そして、最後は「父さん、あのね。えっとね、一言だけ。本当に今まで…ありがとう。どうぞ、これからもよろしくね」と結んだ。

「それぞれの皆様が今年はいろんなことをお感じになったと思います。でも、来年は今年の分も幸せをいっぱい味わいたいですね」

清水はそう挨拶すると、結びの曲としてこの日発売となった新曲「父さん、あのね。」をファンに届けた。一番近しい人のことを、今、もう一度考えてみてください、という思いを込めて。