こおり健太の歌声が響く新曲「忘れ針」~歌えば歌うほど深くなる、こおりの新しい歌世界~
今や演歌界屈指の女唄の名手となったこおり健太。そんな彼が今回歌うのは、前作に続き、作詞家・木下龍太郎の遺作となる「忘れ針」だ。愛した男を思い出すと感じるチクリとした胸の痛み。縫ってもいつかはほつれてしまう、男女の関係。新曲「忘れ針」は、そんなを儚い愛の形を針仕事にたとえた、表現の妙が光る作品。時に寄り添うように、時に泣くように歌い上げる彼の歌唱は聴く者を魅了する。
主人公は強くて芯のある女性
――「忘れ針」は、こおりさんから見てどんな曲でしょうか?
こおり レコーディングを終えてから日々、この曲に向き合っているんですが、実は僕の中ではまだ、この物語がどういったものか定まっていないんです。ただひとつわかるのは、この曲の主人公は、今まで僕の中にはなかった女性像だということ。これまでの歌は、「もしかしたらもう一度、この人とヨリを戻せるんじゃないか」という、淡い期待を持っているような女性が主人公のことが多かったんですが、この曲の場合は、強くて芯のある女性が主人公のように思えるんです。相手の男性とはもう別れていて、それに未練を感じつつも本当は結論が出ているというか。そういう女性像を今回は歌わせていただいてます。
――作詞は故・木下龍太郎先生ですが、歌詞がとてもいいですよね。
こおり 失恋のチクリとした痛みを「忘れ針」というキーワードにかけているところなんて本当に素晴らしいですよね。先生の書かれた歌詞はとても深くて、たとえば歌詞中にある”襟元あたりが ちくりと痛い”っていうのは、果たして針だったのか、それとももしかしたらこれは首筋に当たった男性のヒゲで、それだけ2人の距離が近かったのか、とか、いろいろなことを考えてしまいます。それから、歌詞に出てくる”夢紬(ゆめつむぎ)”という言葉。紬という生地は大変高価で、でこぼこしていて光沢がない生地だそうですね。だから先生は、2人の間柄がでこぼこで、もうフラットにはならない関係なんだというところまで思い描いて、「紬」という言葉を入れたんじゃないかって僕は勝手に想像してます。
――いつも歌う前には、歌詞の裏にある物語を想像されたりしているんですか?
こおり そうですね。歌詞からわかるシチュエーションの裏には、いろんな環境や人の存在があって、それを自分の好きなように解釈したり、思い浮かべてみたりっていうのもまた楽しいんですよ。僕はいつも曲をいただいた時には、この人はきっとこういう人で、こんな髪型をしていて、舞台はこういう場所なんじゃないかって想像して、それをノートに書いたりするんです。ただ、今回はあまりにも物語が深すぎて、解釈をしようと考えるているうちに、どんどんどんどん深さが増していって、しまいには見えなくなってしまいました(苦笑)。
女性の気持ちは、パズルを組み立てるように
――こおりさんの中で、「忘れ針」の世界がまだ定まっていないということですが、共感できる歌詞はありますか?
こおり 僕は特に2番の歌詞が好きですね。”繕えなかった 努めてみても 二人の間の ほころびは」から始まる歌詞ですね。実際に針仕事ってそういうものですよね。縫っても縫ってもいつしかほつれてしまう。しかも縫う人が下手だと、よりほつれるのが早いんですよね。そういうところに、人の気持ちと時間のもつれというものを合わせてくるっていうのが、すごいなとただただ思います。あとは2番の締めの”男と女の 夢違い”という部分。今の時代、男性女性と分ける考え方はあんまりよくないとは思うんですけど、だけどやっぱり女性って、男性と違うところもありますよね。「これを女性に伝えてもわかってもらえないかな・・・」なんて考えたりすることは、実際にあること。そういったところで見据える先が違ってくるのかなと思います。
――いろいろな見方ができることで、聴いてくださる方によって解釈も変わりそうですね。
こおり そうですね、でも、”針仕事”という言葉って今はあまり聞かないというか、若い世代にはピンとこない方もいると思うんです。たとえば、今は針なんて使わずアイロンで布を張り合わせることができますよね。時代の移り変わりの中で、待ち合わせもスマホがあるから簡単になりました。あらゆるものが簡素化された時代の中で、この歌を現代の子たちが聴いた時に、どういうふうに解釈するのかというのも、ちょっと知りたいですね。ただ現在と昔、環境が変わっても、恋愛の形はそんなに変わってないとも思うんです。相手を好きになるとか、一緒にいたいという気持ちだとか。だから、受け取ってくれた方の感性や経験値によって、それぞれの物語をつくっていただけると思います。
――こおりさんといえば女唄をたくさん歌われてきてますが、どのように女性の心情を歌っていますか?
こおり 先ほど、男性と女性は違うというお話をしましたが、実は「こうしてほしい」とか、「こうだよね」という視点が違うだけで、恋愛感はあまり変わらないと思うんです。なので、好きだとか切ないっていう思いは、ちょっとした経験や、ドラマ、映画などから想像できます。ただ、女性が今どんな心情を抱いているのかという点は、僕の理想とか、願望とか、そういうのを混ぜ合わせて歌っていることもあります。女性の気持ちがわかる部分は、なりきることもありますが、「その考え方はちょっとわからないなぁ・・・」と思った時には、自分の理想を混ぜてみたりしながら歌います。それがパズルみたいな感じでまた楽しいんですよね。
「ふるさとの駅」で描く父と子の物語
カップリング曲「ふるさとの駅」は、こおりが上京する日、駅に見送りに来た父との記憶をもとに、自身で作詞・作曲を手がけた作品。父と子。お互いにうまく気持ちを伝えることのできない、もどかしい気持ちが胸に迫る一曲となっている。
――「ふるさとの駅」はご自身で作詞作曲をされていますね。
こおり この歌は、僕が歌手を夢見て上京する日の朝をそのまま歌にしました。父には小さい頃、いろいろなところに連れて行ってもらいましたが、僕がだんだん大きくなって、部活などで時間がなくなってきてからは、すれ違いが続いていて。おまけに僕の父って、口数が少ないというか、あまりよくしゃべるタイプじゃないんですね。だから実は父との思い出は数えるくらいしかなくて。この曲で歌っている上京の日の記憶が、僕にとっていちばん大きな思い出でしたす。
――お父様との思い出を歌にしようと思ったきっかけはなんだったんでしょうか?
こおり もともとは、僕が「父・母への歌だより」というコンサートを開催したときに、「自分が歌いたい曲を、コンサートに来てくれた方にプレゼントとして届けられたら」という思いで、母をテーマにして曲をつくったのが始まりです。その後、父が体を壊したこともあり、次は父の曲をつくろうと思い立ち、この曲をつくり始めました。あとは、僕を応援してくれているお客さんには、父母と同じ年代、もしくはそのさらに上の年代の方が多いんです。大半は女性の方ですが、一緒について来られる男性、つまり”お父さん”たちもいるわけで、そういう方に喜んでもらいたいという思いもありました。
この歌は、こおり健太自身です
――作詞・作曲はどんな感じで進められましたか?
こおり 移動している時なんかに、ちょこっと書くこともありますけど、特にシャワーを浴びている時に思い浮かぶことが多いですね。曲だけじゃなく、今日のインタビューではこんなことを答えようとか、ステージでこういうことをお話しようとか、そんなこともシャワーを浴びている時に思い浮かびますね。不思議ですよね(笑)。そうやって出てきた言葉たちを埋めながら歌詞を書いています。基本はまず歌詞を書いて、その詞を手紙として朗読した時に後ろでどんな曲が流れたら、このメッセージがより胸にぐっとくるんだろうって考えながら鼻歌で歌って曲をつくっていきます。
――作品づくりで難しいと感じたことは?
こおり やはり作詞はとても難しいですよね。「忘れ針」もそうですけど、“ない”ものを、“ある”ように見せる表現の仕方とか、作家の先生方のお仕事を見ると本当にすごいなと思いますし、僕なんてまだまだ好き勝手に言葉を並べてるだけだなあって思います。でもどこかに、かっこつけたい部分というか、ちょっとひねった表現を入れたいところもあって。たとえば、3番に出てくる”器用に歩めず 各駅停車”のところ。ここは、駅というシチュエーションと、歌手になってからの今までの僕の歩みが、ダブルミーニングになるようかけました。本当は、何事も新幹線みたいにヒュッと超特急で成功すればいいんですけど、そううまくは行かないですからね。
――歌詞では、”息子”と書いて、”こども”と読ませる部分もありますね。
こおり 親にとってはいつまでも子どもは子どもですからね。一方で、娘がいるお父さんもいるじゃないですか。だからちょっと幅を広げたいという意味で、あえて”こども”と歌ったというのがあります。でも、”子ども”と書いてしまうと、幼い印象になってしまいます。ですから、歌詞では”息子”と表現しています。”息子”と書かれている歌詞を見た時に、「この歌は、こおり健太自身のことを歌っているんだ」ってわかっていただけたらうれしいですね。
(文=鳥嶋えみり)
2022年9月14日発売
こおり健太「忘れ針」
作詞を故・木下龍太郎、作曲を大谷明裕が手掛けた作品「忘れ針」。前作の「乗換駅」に続き、大谷が預かっていたという、木下の遺作だ。愛した男との思い出を思い返すたび、チクリと刺す胸の痛みを、時に寄り添うように、時に泣くようにこおりが歌い上げる。「木下先生の曲は、ずっと歌わせていただきたいと思っていましたし、『乗換駅』の時も、今作もとてもうれしかったですね」(こおり)。カップリング曲は「ふるさとの駅」。自身が上京のために故郷を発つ日の記憶をもとに、こおり自らが作詞・作曲した。「この曲は夕日に照らされた駅が舞台。作詞をする時は、セピア色のようなイメージが頭に浮かびました」(こおり)
Profile
こおり健太(こおり・けんた)
1983年1月5日、宮城県生まれ。保育の資格を持ち、保育士として3年間務めながら、数々のカラオケ大会に出場して優勝するなど、華々しい成績を収める。福島テレビ『弦哲也のFTVカラオケグランプリ』で第7回グランドチャンピオンを獲得。歌手になるという幼い頃からの夢を果たすため単身上京し、2008年、「口紅哀歌」でメジャーデビューを果たす。以来、その後もスマッシュヒットを連発。柔らかな物腰と笑顔、高音の美しい天才的な歌声で人気を集めている。