進化し続ける こおり健太の泣き節に酔う
歳を重ねるごとに味わい深さを増している美しい高音、そして代名詞にもなりつつある“女唄” “泣き節”で、こおり健太は数多いる若手男性演歌歌手の中でも、指折りの名手として定評がある。
9月30日に発売する新曲「冬椿」でも、こおりはその繊細な歌声で、美しい言葉が連なる歌の世界をより鮮やかに彩っている。
涙を見せずに泣く
こおり健太の“女唄”
ーー7月に発売されたミニアルバム「おんな・泣き節・涙唄」ではカバーや新曲「しのぶ橋」も含め、6曲の女唄に挑戦されていますが、これまで多くの女唄を歌われてきたこおりさんならではの、女心や女性らしさなどを表現する方法というのはありますか。
こおり もともと、女唄を歌わせていただくことになったきっかけというのは、僕の声質が女性の泣いている声に似ている、というお話をいただいたところからなんですね。僕の歌の中に出てくる女性は、けっして幸せなだけの女性ではないので(笑)、相手には涙を見せなくても、きっとどこかで泣いているのではないかという思いがあります。だから、やっぱりこおり健太の女唄には“泣き”。 “泣き”をどこかに表現することをいつも意識していますね。レコーディングでも、ディレクターに「もっと泣け、もっと泣け」って言われるんです(笑)。顔は笑っているけれど心で泣いている女性を、“泣き”を入れることで表現するというのは、僕の大事にしてるところですね。
ーーご自身としては女唄がやっぱり得意だとか、女唄をどうしても歌いたいという思いは……。
こおり そういうのはないですね。デビュー12年目に入りましたが、歌を選ぶということよりも、これまでずっとこおり健太に合うものを探しながら歌ってきました。そこで、“こおり健太の色”というものを確立するために、今は女唄に絞っているということです。「こおり健太の代名詞は女唄」。それを追求していきたいですし、あいつはそうだよねって言っていただけるのも長く続けてこそですからね。あっちもこっちもっていうのも、性格的にはあまり得意ではなく、突き詰めたい、というこだわりが……。亥年なんで、猪突猛進です(笑)。
ーーブレない男ですね(笑)。素敵だと思います。演歌だけじゃなくて、他のジャンルの歌を歌ってみたいという気持ちはありますか。
こおり もちろんポップスも嫌いじゃないですし、ライブとかアルバムとか番組などで(他ジャンルの歌を)歌わせていただくのは、すごくうれしいです。でも、僕の芯は、演歌の精神。演歌を愛している理由のひとつは、絶対ありえないような物語の主人公になれたりできるところ。だって今時、こんな世界ないでしょうって。メールして返って来なかったら怒るでしょって思うんですけど(笑)、待ちわびる、耐え忍ぶとか、謙虚が美徳みたいな日本的な情緒はやっぱり好きですね。この度発売させていただく新曲「冬椿」もそういった趣のある作品です。日本人なら誰もが知ってる花、和を感じさせる花に主人公の女性の姿や気持ちを重ねています。
ーーたしかに、冬椿は俳句では冬の季語として使われたり、演歌をはじめとして歌のモチーフとしても歌われることの多い、日本人になじみ深い花ですよね。その花言葉は、「控えめなすばらしさ」「謙虚な美徳」。こおりさんはこの主人公の女性をどう受け止められましたか。
こおり 冬椿は2〜3月頃に咲く花で、雪や寒さに耐えてじっと咲いているその姿に思うのは、やっぱり奥ゆかしさや健気さ。新曲は雪に隠れるように咲く可憐な冬椿に、寒さをこらえながら愛する人を待ちわびる、まさに控えめで謙虚な女性の姿を重ねた作品です。椿には「満開になりました」っていうような表現ってあんまり聞かないですよね。一輪ずつ独立して咲いている様子が思い浮かぶ。だからこの主人公は、ひとりぼっちっていう、ちょっと寂しい雰囲気もある女性かなと思ったりもしましたね。
ーー作詞を手がけたのは、前作「恋瀬川」(2019年)と同じく坂口照幸氏。「恋瀬川」は、道ならぬ恋に揺れる女心を川の流れにたとえた曲でした。「心しずかに 生きれない」と、秘めた激しさを感じさせる女性像を歌われていましたが、今作ではどちらかというと対照的な、秘めたやさしさやいじらしさを感じさせる女性が主人公です。
こおり 詞を読んでいて、この曲の二人は前作と違ってドロドロした関係ではなく(笑)、思い合っているんだけどなかなか会えない状況にいる恋人同士ではないかと僕は感じました。会うのを我慢しなくちゃいけないと、ひとりで耐え忍んでいる女性が、愛する男性のことを立てて会いに来てくれる日をじっと心待ちにしている。「恋瀬川」には、水のかさが増したり引いたりというような、“あなたの思いをなんとか自分の方に引っ張ってやりたい”みたいな強さを感じていたんですけど、今回はそうのではないのかなって。前作より僕なりに女心に寄り添った歌唱を目指しました。
ーーたとえばどんな感じでしょうか?
こおり いちばん感情をぶつけて歌いたくなる部分を、あえて引いて歌ってみる。そうして歌うと、その方が女性の本来持っている美しさというか、やさしさとか、奥ゆかしさの表現につながるんじゃないか、と。作詞の坂口先生も「押したいのはわかるけど、そこを押してしまうと主人公がちょっとくすんでしまう」と、すごくこだわってらしたので、そこは心がけましたね。
ーー坂口氏の綴られた歌詞は、言葉一つひとつがとても美しくて文学的で、歌詞自体は短いですがひとつの物語を読んでいるかのような重みを感じました。
こおり この曲をいただいた時に、何か言葉にならない衝撃をビビビッと感じましたね。この曲のどこに一番 坂口先生の思いがあるのかを想像しながら歌いました。僕は小さい頃から昭和の名曲をたくさん聴いて育って、昭和の時代の匂いのする歌を歌ってみたいと思って演歌歌手になりました。それが今こうして、こんなにすばらしい日本的な匂いのする美しい作品を僕のために書いていただけるなんてとてもうれしかったですし、憧れていた昭和感があるオリジナル曲を持てるというのは、本当に贅沢なことだと思っています。