
【インタビュー】吉永加世子が挑む“女唄”の真髄 - 新曲「紅~べに~」に込めた師匠への想い、歌い手としての覚悟
昨年、デビュー30周年という大きな節目を越え、31年目の新たな一歩を踏み出した吉永加世子。彼女が満を持して放つニューシングルは、師匠・吉幾三が2015年に発表した「紅~べに~」のカバーだ。偉大な師が描いた“女唄”の世界を、愛弟子である彼女がどう歌い継ぎ、深化させたのか。そこには、単なるカバーという言葉では収まりきらない、歌い手としての覚悟と、楽曲への深い愛情が溢れていた。

継承されるべき物語、深化する“女唄”
“女唄”は、女性の心の機微、情念、悲哀、そして愛の形をドラマとして描き出す。時に芸術として歌い継がれ、“女唄”というジャンルを形成してきた。
これまで数々の男性作家や歌手が、想像力を駆使して“女心”を歌い、多くの名曲を生み出してきた。吉幾三もまた、その卓越した筆致で数々の女唄を世に送り出してきた一人だ。
その吉幾三が描いた設計図に、30年というキャリアで歌を磨き続けてきた吉永加世子が、自らの血を通わせた時、物語は新たな命を宿す。「紅~べに~」は、まさにその瞬間を捉えた記念碑的な作品だ。
女が紅をつける時 昔惚れた人を想うの
女が紅を落とす時 そんなお人を恨む
(「紅~べに~」歌詞より)
化粧という女性の日常の所作に、忘れられない過去の恋の記憶が重ねられる。「紅~べに~」は愛と憎しみが交錯する複雑な心模様を、冬の情景と共にドラマティックに描き出す。

――デビュー31年目の本格スタートを飾る新曲が、師匠である吉幾三さんのカバー曲「紅~べに~」。この曲を初めて聴かれた時の印象はいかがでしたか?
吉永 この曲は、(吉幾三)先生が発表された当初からもちろん知っていて、昭和の香りがする、すごく素敵な歌だなと思っていました。ただ、その時はまだ自分には少し大人の歌かな、という印象で。まさか自分がこの曲をシングルとして歌わせていただけるとは思っていませんでした。今回、改めて自分の曲として向き合った時、その歌詞の深さに圧倒されましたね。
――「女が紅をつける時 昔惚れた人を想うの」「女が紅を落とす時 そんなお人を恨む」。冒頭歌詞の対比が非常に印象的です。
吉永 そうなんです。化粧という女性の日常的な行為の中に、愛と憎しみの両方が凝縮されている。歌の主人公は、どんな人生を歩んできた女性なのだろうと、自分なりにいろいろ想像を膨らませました。きっと、本当に深く、一途に人を愛した経験のある女性なのだろうなと。だからこそ、今も忘れられず、ふとした瞬間に思い出しては心が揺れてしまう。その切なさを表現したいと思いました。
――歌唱に関してこだわった部分はどこでしょう?
吉永 まさにその感情の表現ですね。以前、地方でのコンサートの打ち上げ後、先生やスタッフの方々とカラオケに行った際にこの曲を歌ったことがあるんです。その時、私は結構感情を込めてドラマティックに歌ったのですが、先生から「そんなに感情を入れて歌っちゃダメだ。もっと流すように、語るように歌え」とアドバイスをいただいて。その言葉がずっと心に残っていました。
今回のレコーディングでも、特に前半部分は、聴き手に語りかけるように、あまりこねくり回さず、言葉が素直に届くように意識しました。ただ悲しいだけじゃない、その奥にある諦めや強さのようなものも滲み出たらいいなと。
――その語りから一転、サビでは感情が溢れ出します。
吉永 はい。特に「『どうして?』紅に問いかける」というフレーズは、この歌の核心だと思っています。これは誰かに向けているのではなく、鏡に映る自分自身への、どうしようもない問いかけなんです。そこはもう、自分の心の奥底から出てくる声で歌いました。

女性が歌うからこそ伝わる情念の世界
――男性が歌う“女唄”と、女性が歌う“女唄”がありますが、吉永さんが歌う「紅~べに~」を聴かせていただいて、女性が歌うことで響く“女唄”だなという印象を強く持ちました。
吉永 ありがとうございます! 実は今回、レコーディングの時に初めて先生に言ったんです。「先生、女唄はやっぱり女が歌わないとダメですね」って。そうしたら先生も、「そうだよな」って笑いながら納得してくださっていました。先生が描く女唄の世界には、少しだけ「こうあってほしい」という男性の願望が入っていると思うんです。例えば、「いつまでも別れた男のことを想っていてほしい」みたいな(笑)。
――それはそれで一つのロマンであり、ドラマとして素晴らしいのですが、それを女性が歌うことで、物語が「誰かの話」ではなく、「自身の話」として、より生々しい独白になるように思います。そのリアリティが、吉永さんの歌声には宿っていると感じました。数々の恋愛も経験されてきたからこそ、歌える世界なのでは?
吉永 どうでしょう(笑)。でも、痛い恋愛経験もしてきましたからね。騙されたり、裏切られたり…。先生からも「もっと恋愛して、一回思いっきり振られてこい。そうすればもっと歌に深みが出る」なんて言われたこともあります(笑)。
実は、歌の道を選ぶきっかけになった大きな恋愛がありました。長くお付き合いした方で、このまま結婚するのかなと思っていたのですが、私の中でどうしても「もっと歌をやりたい」という気持ちが捨てきれなくて。その方の人生を狂わせてはいけないという想いもあり、自分からお別れしたんです。それが最後の恋愛になって、今日に至るんですけど(苦笑)。でも、そういう喜びや痛み、いろいろな経験が歌の表現につながっていくのは確かだと思います。この「紅~べに~」も、私の中にある様々な感情の引き出しを開けながら歌わせていただきました。
――30年というキャリアを積まれた今だからこそ歌える「紅~べに~」ですね。
吉永 師匠からこの素晴らしい楽曲を託していただいたことに、心から感謝しています。プレッシャーはもちろんありますが、それ以上に、この歌を自分の声で、自分の物語として皆様にお届けできることに大きなやりがいを感じています。これは吉永加世子としての、新たな代表曲にしていくんだという強い覚悟で歌っていきたいです。
歌い継ぐことの覚悟と未来、そして映像美
師から弟子へ。それは単に技術や楽曲を受け渡すことではない。作品に込められた魂を理解し、自らの人生を重ね、新たな命を吹き込むこと。吉永加世子は、新曲「紅~べに~」で見事にそれを証明してみせた。彼女の歌声は、吉幾三が描いた物語に、女性ならではの繊細な心の襞(ひだ)と、血の通った温もりを与える。
公開されたミュージックビデオでは、その世界観が映像化されている。情念の「赤」と、追憶の「黄」をまとい、鏡の前に佇む姿は、歌の主人公そのもの。昭和の香りがする歌の世界を現代へ昇華し、特に、紅をさす口元のアップや、一点を見つめる憂いを帯びた表情は、歌詞のドラマ性をより一層引き立てている。
31年目の彼女が見据えるのは、師の背中を追いかけるだけでなく、自らが「女唄の語り部」として新たな道を切り拓いていく未来だ。この一曲は、その決意表明に他ならない。

吉永加世子が紡ぐ、二つの愛の物語 ―「恋から愛へ」&「北新地」
新曲「紅~べに~」のカップリングには表題曲とはまた違う、二つの魅力的な吉幾三の女唄が継承され、収められている。一つは、瀬戸内を舞台に若き日の愛の記憶を瑞々しく歌う旅情歌謡「恋から愛へ」。もう一つは、大阪・北新地を舞台に、都会の夜の孤独と切ない未練を滲ませる「北新地」。吉永加世子が主人公を演じ分けている。
「恋から愛へ」― あの日の輝きは、永遠の宝物
――「恋から愛へ」は、聴いていてとても心地よく、切なくも温かい気持ちになる曲ですね。
吉永 すごく可愛らしい歌ですよね。私自身、まだ恋しか知らないような若い女の子が、大好きな人と初めて旅をして、その中で「これが愛なんだ」と気づいていく…そんな初々しい気持ちをイメージして歌いました。
――オリジナルは吉幾三先生が歌われていますが、歌詞が一部変更されています。オリジナルでは具体的な場所が特定されていませんでした。「秋の島々よ」が「瀬戸の島々よ」と、“時”が“場所”に変更されたのが印象的でした。
吉永 これは先生からの提案なんです。「舞台をはっきりさせることで、より情景が浮かぶだろう」と。そのおかげで聴いてくださる方の頭の中に、穏やかな瀬戸内海の風景が広がるようになったと思います。最後のフレーズも「今でも想いは 瀬戸の海」と、“あの日です”が”瀬戸の海“に変わっていて、場所自体が二人にとっての愛の象徴になっています。すごく素敵な変更だなと思いました。
――歌詞の中の「ああ・・・あの日が今ならば 迷わずあなたの あの胸に 抱かれていたでしょう」という過去を振り返る一節がありますよね。歌の世界では別れ、未練として歌われることが多いですが、この「恋から愛へ」では、その後、この二人はどうなったと思われますか?
吉永 私の解釈では、まだ若くてお互いに素直になれず、そこまでには至らずに別れてしまったのかな、と。そして時が経ってから、「あの時もっと素直になっていたら…」と、美しい思い出として振り返っているのかなと思いました。
――私は、もしかしたら、お相手はもうこの世にいないのかもしれない、と思ってしまいました。紆余曲折あって、この恋はやがて愛に発展したけれど、その時には、お相手が不治の病に冒されていた…とか。愛の時間は短く、あの時、抱かれていたらと後悔をする。昭和ドラマの見過ぎですかね(笑)。
吉永 ああ! 今、鳥肌が立ちましたよ。そう考えると、歌の物語がさらに深く、切なくなりますよね。聴いてくださる方それぞれの心の中で、いろいろな物語を想像していただけるのが、この歌の魅力だと思います。

「北新地」― ため息に滲む、忘れられない夜
――曲調はノスタルジックなバラードですが、「恋から愛へ」もまた吉永さんが歌うことで、物語をどんどん想像させますね。さて、打って変わって「北新地」はムーディーですが、リズムのいい大人の女性の歌です。
吉永 この「北新地」は、以前から「いつか歌ってみたい」とずっと思っていた大好きな曲でした。先生が劇場公演や大阪でのステージでたまに歌われることがあって、そのたびに耳に残って「なんて素敵な曲なんだろう」と思っていたんです。それで、ステージに置かれていた歌詞カードをこっそり見に行って「北新地」というタイトルを知って・・・。思わずコピーしてしまったくらい(笑)、歌いたかった曲なんです。
――まさに盗撮!
吉永 私と(弟弟子の)真田ナオキの特権です(笑)。最初は今回の10曲ほどの候補曲リストには入っていなかったのですが、ディレクターから「本当は何が歌いたいの?」と聞かれた時に、すかさずこの曲をリクエストしました。これまで歌ってきた作品の中に、「夜汽車」(2024年)のようなラテンのリズムの曲はあったのですが、梓みちよさんの「二人でお酒を」(1973年)のような軽いリズムの、スイング調でお客様と一緒に乗れるような曲がなかったので、いつかそんな曲を歌いたいなと思っていました。「北新地」が最後まで候補に残って、カップリングに選んでいただけた時は本当にうれしかったですね。
――大阪弁の歌詞、特に「アホやなぁ」というフレーズが耳に残ります。師匠の「アホやなぁ」と違って、女性の“ため息”にも聴こえました。
吉永 この曲の魅力は、やっぱり「アホやなぁ」という言葉のニュアンスですよね。先生の歌唱は本当に見事ですが、私が歌うなら、女性ならではの感情を乗せたいと思いました。感情を爆発させるのではなく、おっしゃっていただいたように、自分自身に言い聞かせるような、ぽつりとこぼれ落ちる“ため息”のように歌うことを意識しました。その気持ちが伝わったならうれしいです。歌詞にも共感する部分が多くて、等身大で歌っていますね。
――この曲には、何か特別な想い入れもあるとか。
吉永 実は、私自身、北新地にはとてもお世話になった大好きなお店のママさんがいたんです。残念ながらもう亡くなられてしまったのですが、その方のことや、大阪の街の風景を思い浮かべながらレコーディングに臨みました。そういう個人的な思い入れもあって、この曲は私にとって特別な一曲になっています。
――大阪・北新地で歌いたいですね。
吉永 キャンペーンをやらないとですね! スナックに飛び込みで! ポチ袋に10円入れてお渡しして、「有線リクエストお願いします!」って(笑)。そんな時代にもありましたけど、今後は大阪へ行った時には必ず歌うでしょうね。お酒を片手に、少し感傷的な気分で聴いていただくのもいいかもしれません。
師・吉幾三の素顔 ―「お父さんのようであり、人生の大先輩」
歌手・吉永加世子を語る上で欠かせない存在、それが師匠・吉幾三だ。プロデューサーとして、人生の師として、彼女の歌手人生を支え続けてきた。
――表題曲「紅~べに」と、カップリング曲「恋から愛へ」「北新地」。3曲とも吉幾三さんの“女唄”をカバーし、継承されています。
吉永 先生からは、「お前、本当にこれでいいのか? 加世子のために俺が一生懸命作った他の曲もあるんだぞ」と言われましたが(笑)。でも、プロデューサーとしてデモ音源を聴いていただいたら、表題曲は「もう『紅~べに~』だ」と即決でした。あとの2曲もそれぞれカラーが違うから、この構成でいいんじゃないかと言っていただきました。
――師匠の吉幾三さんは、弟弟子である真田ナオキさんとはまた違った形で、姉弟子である吉永さんのことを心配されているのではないでしょうか? まるで親心のように。
吉永 ええ、本当ですか?(笑)。もしそう思ってくださっているとしたら、とてもうれしいです。もちろんナオキくんのことも息子のように可愛がっていらっしゃいますし、先生は基本的にとても平等な方なので、どちらがどうということは感じていません。でも、私が危なっかしいからかな(笑)。いつも「お前は余計なこと言うな」とか心配をかけてばっかりなので、そういう意味での親心はあるかもしれませんね。
――近年は、吉幾三さんの舞台で共演もされています。ステージ以外のふとした瞬間に師匠から教わることも多いのではないでしょうか?
吉永 本当にそうですね。歌の技術的な指導よりも、むしろ人間的な部分での学びのほうが多いかもしれません。先生はお料理がお好きなので、楽屋でお魚の骨の取り方やカニの剥き方から教わったり(笑)。それから、大切なご縁をたくさんつないでくださいます。「お前も来い」と食事の席に呼んでくださって、いろいろな方にご紹介いただいたり、「これ、やったことあるか?」「ないです」って言ったら、「じゃあ、行ってこい」と経験の場を与えてくださったり。
――歌い手としての指導はいかがですか?
吉永 もちろん、厳しいですよ。今回のレコーディングも、本来はすぐお帰りになるはずが、結局最後まで。「俺がこんなに長くレコーディングに付き合ったのは初めてだぞ」なんて言いながら、熱心に見てくださいました。昔はもっと怖かったですけど、今はだいぶ丸くなられて、私がツッコミを入れても笑って返してくれるようになりました(笑)。
――吉永さんから見た師匠はどのような方ですか?
吉永 ナオキくんが「天才の上を行く『一流の変態』だ」とよく言っていますが、まさにその通りです。本当にウェルカムな方で、垣根がまったくないんです。飲んでいる席でも、いつの間にか知らない隣の席の人たちと仲良くなっていたりするくらい。父が亡くなった時には、電話口で私のために泣いてくださったりもしました。でも、そんな温かさの中に、やはり師匠としての厳しさもあります。お父さんのようでもあり、人生の大先輩でもあり、そしてもちろん、私が一生かけても追いつけない、偉大な師匠です。
2025年11月12日発売
吉永加世子「紅~べに~」

「紅~べに~」
作詞・作曲/吉幾三 編曲/竹内弘一
c/w「恋から愛へ」
作詞・作曲/吉幾三 編曲/若草恵
c/w「北新地」
作詞・作曲/吉幾三 編曲/野村豊
題字/吉幾三
徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-91661 1,500(税込)












