パク・ジュニョン、海に語りて
パク・ジュニョンの新曲「海に語りて」は、スケールの大きなメロディーに哀愁が漂う歌だ。つらい時期を乗り越えて、今を生きる彼にしか歌えない歌だったが、そんなジュニョンが自分ではどうすることもできない、やるせない思いを抱えた時、ふと思い出すのは故郷・釜山の海だった。歌うことが楽しかった少年のそばには、いつも海があった。
鈍色の箱の中に閉じ込められたような日々
ジュニーことパク・ジュニョンの10枚目のシングル「海に語りて」は、シンガーソングライターのHANZOを迎えて完成させた、叙情あふれるバラードだ。やるせない想いを、闇夜にとける鈍色(にびいろ)の海に叫ぶ。主人公の哀愁がたまらない。
ジュニーにとって海は身近な存在だった。彼が生まれた韓国・釜山は、古くから日本と朝鮮半島とを結ぶ交通の要として栄え、弓なりに白い砂浜の続くビーチが有名な観光地でもある。一方で、カモメの飛び交う漁港があり、生活感漂う雰囲気もあった。ジュニーの自宅マンションの窓の向こうには海が見え、眼下には市場の活気があった。
幼い頃のジュニーは、おとなしくて静かな子どもだった。しかし、ある遊びがきっかけで歌に目覚める。
「小学校5年生の時でした。近所のおじさんが子どもたちを集めて歌わせたんです。いちばん歌が上手だった子にお小遣いをくれるという遊びでした」
お小遣いはジュニーがもらった。そして歌が好きなった。
高校生になると、カラオケは友だちとの遊びのひとつだった。歌がうまいジュニーはいつも引っ張りだこ。「一緒にカラオケに行こうよ」と誘われ、仲間からは「カス」の愛称で呼ばれた。韓国語で歌手のことだ。
「ひょっとしたら歌手になれるかもしれない」
そんな思いが芽生える中、友だちとデュオを組んでオーデションを受けたことも。だが結果は受からず、高校卒業後は大学へ進学。学業に励みながら、カラオケ大会やラジオ番組主催のコンテストへ出場していた。そんな時、5人グループのダンスユニットのボーカルとしてスカウトされた。ジュニーは芸能界に飛び込んだ。
「歌手になれるって思いました。でも、毎日、ダンスのレッスンばかり。今じゃ問題になるかもしれませんが、厳しすぎて足の爪がはがれました。グループの4人はすでに決まっていて、そこに僕がボーカルとして入ったから、嫉妬もあって孤独でした」
まるで鈍色の箱の中に閉じ込められたような日々だった。
「つらい時は家族に電話しました。でも、心配をかけてしまうので何も言えません。家族は『頑張ってね』『健康だけ気をつけて』って」
父親との電話では何も語らず、ただただ涙したこともあった。
「この歌はパク・ジュニョンでないと歌えない」
2002年、ジュニーはK-POPグループの一員として韓国でデビューを果たし、2013年からは日本でソロ活動を開始。昨年はデビュー7周年を記念したライブを全国7カ所で行うなど充実した歌手人生を歩んでいる。
「いつかあの当時の苦労を笑い話にできればいいなあと思っていたので、今は幸せです」
振り返るとつらい日々だったが、だからこそステージで歌える喜びに感謝している。
それでも、個人の力ではどうにもならないもどかしさや、悔しさを覚えることがある。そんな時は、移動中の新幹線から見える富士山に向かって、心の中で叫ぶ。スケールの大きな富士山に向かって心の内を吐き出すのは、ジュニーの故郷の海に向かって叫ぶことと同じだった。
歌詞の中に、こんな一節がある。ジュニーがとくに意識している一節だ。
“闇夜にとけてく 鈍色の海よ”
“心を叩いて 砕け散る涙”
「レコーディングでは、繊細な感情を表現することに注意して歌いました」
現場に立ち会ったHANZOは、「この歌はパク・ジュニョンでないと歌えない」と言った。さまざまな思いを背負ってきたジュニーだからこそ、新曲「海に語りて」の歌唱が光る。
(文=高橋真里)
※この記事はミュージックスター4月号(2020年2月21日発行)に掲載されたものです。
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2020年2月26日発売
パク・ジュニョン「海に語りて」
パク・ジュニョン10枚目となるシングル。2タイプ同時発売。3曲とも、カラオケユーザーを中心に人気のシンガーソングライター、HANZOが作曲を務めた。カップリングの「夕霧挽歌」は北海道を舞台にした切ない恋の歌。「昼も夜も真夜中も」はノリのいいリズムに乗って、愛を告白する。
profile
パク・ジュニョン(Park Junyoung)
1982年3月12日、韓国・釜山市生まれ。愛称はジュニー。2002年、K-POPグループ「エイジェックス」のボーカルとしてデビュー。山本譲二と知り合い、2011年、日本に移住。翌年3月、「愛は・ケセラセラ」でソロ歌手として日本デビュー。新曲をもらうと、辞書を片手に、日本語の歌詞の世界を理解する。新曲「海に語りて」では、“鈍色”という色を初めて知ったという。