林部智史が『まあだだよ』で小椋佳を歌い継ぐ(2)

小椋佳が歌に託した想いを、林部智史が歌い継ぐ。ニューアルバム『まあだだよ』は、デビュー5周年の林部にとって、飛躍に向けて大いなるエポックとなる作品でもある。前編に続いて後編をお届けする。

林部智史が『まあだだよ』で小椋佳を歌い継ぐ(1)

文=藤井利香

Hayashibe’s Voice……③
「微笑み」は作品づくりに影響を与えた不思議な曲

本来、林部智史の歌う曲は、高音を効かせ徐々にクライマックスへと導き、聴く者の心を揺さぶる。そんな歌唱とは一転し、最後まで淡々と歌っている楽曲がアルバム『まあだだよ』に収録された「微笑み」である。今後の曲づくりにおいても、刺激をもらった一曲だという。

また今回、小椋佳による書き下ろし8曲を収録した通常盤に加えて、林部の作詞・作曲による新曲「まあだだよ」がボーナストラックとして入った【デラックス版(CD+DVD)】がリリースされている。小椋に対するリスペクトの思いが込められており、アルバムのタイトルが決まった時、同じタイトルで曲をつくって入れたいと自ら希望した。

「微笑み」についてですが、ひと言で言い表すなら、“歌っている気持ちよさ”というところにはない曲=第1位です(笑)。何を言っているのかと言うと、僕の曲づくりや歌い方は一曲入魂です。その1曲の中で歌い上げる気持ちよさをもってくるところがあります。だから、最後まで声を張らない歌をつくったことがありません。

ところが「微笑み」は、最後まで淡々と歌ってそのまま終わるメロディーライン。今までにない楽曲で、じつは不安もあったんです。キーを低くするなど、いろいろ試行錯誤しましたが、最終的にこれでいいんだ、曲としてこれがいいんだなというのが実感できました。感覚としては、井上陽水さんの「いっそセレナーデ」を歌っているようなイメージかな。盛り上がり過ぎず、でも朗読するように言葉を紡いでいく。そんな作品に出会うことができ、今後の自分の作品づくりにも生かせそうな気がしています。変に癖になり、何だかんだ言って今一番口ずさんでいる、とっても不思議な曲です。

ボーナストラックの「まあだだよ」は、8曲すべてのレコーディングが終わってから急きょつくった作品です。僕としてのこだわりは、もちろんそこに小椋さんも含まれますが、聴く方それぞれに、とても大きな存在の方がいらっしゃると思います。そんな方を思い浮かべ、想像できるように詞を考えました。もしもストレートに小椋さんをリスペクトした歌なら、もっともっと細かくなりますね、思うことがたくさんあって(笑)。僕にとって小椋さんは、それほど大きな存在です。

小椋佳Q&A

Q 林部智史さんの『まあだだよ』の作品コピーには、“日本の音楽界のレジェンド・小椋佳が歌に託した想いを、林部智史が音楽遺産として歌い継いでいく”と紹介されています。仕事を通じて感じた林部さんの才能や、今度の音楽活動に期待されることはありますか?

小椋 林部智史さんが歌う歌は歌謡曲から抒情歌までいずれも歌詞を自分の身のうちに入れて、<林部智史>というフィルターを通して、ご自身の言葉として表現しようと試みているように見受けられます。作詞家のねらい、想いを自分なりに解釈して語りかけるように歌う。

声の良さは生まれつきのものだと思いますが、絹糸が薄くスーッと線を引くように伸びて広がる高音の表現力にとくに惹かれるものがあります。

林部智史さんには、韻を踏む言葉の羅列だけで成立しているような、あるいは言葉が詰まっているだけで実は何も伝えていないような楽曲があふれる中で、ご自身あるいは作家の想いがきちんと表現されている作品を選んで歌っていってもらえればと期待しています。

 

林部智史と小椋佳

デビュー50周年を迎えるシンガーソングライター、小椋佳は歌手活動に幕を引くことを決めた。そんな音楽界のレジェンドが歌に託した想いを、林部が受け止め歌い継ぐことになった。小椋は林部について、「作家の想いがきちんと表現されている作品を選んで歌っていってもらえれば」と期待する。

 

Hayashibe’s Voice……④
「歌い手として時代を感じながら生きていく」

小椋佳は林部智史の歌声について、「絹糸のように伸びて広がる高音。しかも幅が広い」と絶賛している。「小椋は死ぬけど林部がいる」と公言してはばからない、そんな小椋の遺作を引き継ぐという挑戦に、林部は「精いっぱい、自分のその時できる解釈で歌い続けていきたい」と秘めた思いを胸に抱いている。そんな林部に期待は膨らむ。

周りにいる歌い手さんたちにすごくうらやましがられます。「小椋さんにつくってもらったんだね」って。半分、皮肉も込めて(笑)。それくらいすごいことなんだなと、あらためて実感しています。アルバムのリリース後、コロナ禍でお客さんの前で歌う機会がほとんどないので、反響はまだよくわかりませんが、聞いたところによると小椋さんのほうに、「ラピスラズリの涙」を僕に提供してくれてありがとうございますっていう、そんな声が届いているそうです。この詞に今の自分の心境を重ね合わせ、聴いてくださっているのでしょう。うれしいですね。

ここしばらく小椋さんとテレビやラジオでご一緒する機会があり、それも貴重な経験となっています。「ラピスラズリの涙」をデュエットすることもあり、その場合、本来それぞれまったく異なるキーで歌っているので、たとえば1番は小椋さんの低いキーで、2番は僕の高いキーで進み、最後は小椋さんのキーでハモるといった結構難しいことをやっています。その分、聴く方にとってはインパクトがあり面白いんじゃないでしょうか。小椋さんと僕、そしてデュエットの3パターンが楽しめるということですね。

小椋さんの真横で歌えるということもうれしく、小椋さんのリハから本番へのスイッチの入り方にも感心しています。歌の作り手でもあるけれど、やはり歌を届けるアーティストなんだなと。合間の会話も楽しくて、お話するひと言ひと言が歌詞のようです。僕の声を「絹糸」と表現してくださるように、ボキャブラリーの多さ、発想もユニークで惹かれます。

これを機会に小椋さんの著書もすべて読んでいますが、歌は日記とおっしゃるように、歌づくりが毎日の習慣になっているんですね。つくる苦悩はあると思いますが、生活の何気ないことに目を向け、そして自分と対峙し続ける。僕自身はコンサートがあって、そこで聴いてほしいテーマを設けて作品づくりをするスタイルですが、それに精いっぱいになるのではなく、もっと時の流れを把握して歌のエッセンスに取り入れていかなければいけないなと思っています。今の時代を、歌い手として感じながら生きていくこと。それも今回、小椋さんとのご縁で学んだことのひとつです。


アルバム『まあだだよ』から
リード曲「ラピスラズリの涙」MV


2021年1月20日発売
小椋佳が託した想いを歌い継ぐ
林部智史『まあだだよ』

【デラックス盤(CD+DVD)】

林部智史「まあだだよ」

【デラックス盤(CD+DVD)】 avex trax AVCD-96636/B ¥3,500+税

【収録曲】
CD
01「ラピスラズリの涙」
02「僕でよければ」
03「愛の儚さ」
04「僕の憧れそして人生」
05「微笑み」
06「命 活かしましょう」
07「ひとかどの」
08「慈しむ人 美しい人」
※ボーナストラック
09「まあだだよ」

DVD
<Music Video>
・ラピスラズリの涙
<Studio Live>
・「まあだだよ」スタジオライブ
01「ラピスラズリの涙」
02「僕でよければ」
03「愛の儚さ」
04「僕の憧れそして人生」
05「微笑み」
06「命 活かしましょう」
07「ひとかどの」
08「慈しむ人 美しい人」

【通常盤(CD)】

【通常盤(CD)】avex trax AVCD-96637 ¥2,500+税

【収録曲】
01「ラピスラズリの涙」
02「僕でよければ」
03「愛の儚さ」
04「僕の憧れそして人生」
05「微笑み」
06「命 活かしましょう」
07「ひとかどの」
08「慈しむ人 美しい人」

小椋佳が林部智史のために全曲を書き下ろした新曲を収録したアルバム『まあだだよ』。歌手生活に幕引きすることを決めた小椋が、次世代を担う林部に託した作品が収められている。デラックス盤に収録されるボーナストラックの「まあだだよ」は林部が作詞・作曲した作品。
「小椋さんに、僕のほうからこんな曲をとリクエストしたことはないのですが、『慈しむ人 美しい人』だけは、昨年春に広島の嚴島神社で行うはずだったコンサートの奉納曲として依頼した作品です。残念ながらコンサートはコロナ禍で中止されてしまいましたが、いつかあらためて現地で歌うことができたらと思っています」(林部)。

2021年1月12日発売
遺作ともいうべきラストアルバム
小椋佳『もういいかい』

ユニバーサル ミュージック UICZ-4490 ¥3,300(税込)

【収録曲】
01「開幕の歌」
02「ラピスラズリの涙」
※2022年秋公開予定 映画「斜陽」主題歌
03「生きろ」
※2021年春公開予定 ドキュメンタリー映画「生きろ 島田叡」主題歌
04「僕の憧れそして人生」
05「俺は本当に生きてるだろうか」
06「笑ってみよう
07「花、闌の時」
※2018年公開 東映「北の桜守」主題歌
08「朝まだき」
09「老いの願い」
※2019年公開 映画「山中静夫氏の尊厳死」主題歌
10「置手紙」
11「もういいかい」
12「山河」
※リアレンジバージョン
13「SO-LONG GOOD-BYE」

1971年1月15日にリリースされた小椋佳のファーストアルバム「青春~砂漠の少年~」から50年。歌手引退を決めた音楽界のレジェンドによるラストアルバム。2014年に行った「生前葬コンサート」開催時にリリースしたアルバム『闌<TAKENAWA>』(2013年12月発売)以来のアルバム作品でもある。

アルバム『もういいかい』
作品から感じた壮大な世界
by 林部智史
僕が聴いて率直に思ったのは、1曲目の「開幕の歌」をはじめ、ほぼ生声で歌っている楽曲が多いなということです。普通は、もっとリバーブ(残響)やエコー(反響)などのエフェクトをかけたりするものですが、あえてかけずに今の自分の声で伝えたいというメッセージを受け取りました。アルバム全体の構成はひとつのコンサートの流れとして楽しめて、構成も人生を締めくくるように考えられています。今までの作品よりも、より壮大なものに仕上がっている。会話の中に黒澤明監督のお名前をいつも出されるのですが、人生を語るうえで、いくつもの映画を集めて大作映画を完成させたい、そんなことを意識されたのかなとも思いました。


Profile
林部智史(はやしべ・さとし)
1988年5月7日、山形県生まれ。2016年2月24日、「あいたい」でメジャーデビュー。“今、もっとも泣ける歌”として口コミで広がり、発売後4カ月で有線全国ランキング1位を獲得。2016年末には、「第58 回輝く ! 日本レコード大賞 新人賞」「第49回日本有線大賞 新人賞」を受賞。2018年1月、ファーストアルバム『Ⅰ(ファースト)』を、同年10月に、初のカバーアルバム『カタリベ1』リリース。また同年秋から、“はやしべさとし”として、日本の唱歌や童謡、美しい調べを歌い継ぐ叙情歌コンサートもスタート。2019年3月に、初の叙情歌アルバム『琴線歌~ はやしべさとし 叙情歌を道づれに~』発表。2019年8月、5枚目となるシングルとして、岸洋子の作品をカバーした「希望」をリリース。2020年7月、セカンドアルバム『Ⅱ(セカンド)』をリリース。2021年1月、小椋佳が全曲書き下ろしたアルバム『まあだだよ』を発売。

林部智史 公式サイト
林部智史 公式Twitter

(C)ユニバーサル ミュージック

小椋佳(おぐら・けい)
1944年1月18日、東京都生まれ。1967年、東京大学法学部卒業後、日本勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。1993年退職。1994年、東京大学法学部に再入学。文学部思想文化学科に進み、哲学専攻にて2000年大学院修士号取得。この間、1971年に初アルバム『青春~砂漠の少年~』を発表。1972年、3作目のアルバム「彷徨」が100万枚のセールスを記録。1976年10月、NHKホールでファーストコンサートを開催。ソングライターとして、布施明、中村雅俊、堀内孝雄、美空ひばりら、多数のアーティストへも作品を提供してきた。「シクラメンのかほり」「俺たちの旅」「夢芝居」「愛しき日々」「愛燦燦」などヒット曲多数。作詩作曲・歌手活動の他、執筆活動や、アルゴミュージカルなど舞台創造も重ねる。1998年以降、歌と語らいで綴る公演を「歌談の会」と称し、年間を通して全国各地にて開催。2014年9月、東京・NHKホールにて、それまでにつくってきた2000曲以上の作品から自身が歌いたい100曲を、25曲ずつ4日間で歌う「生前葬コンサート」を開催。2021年、ラストアルバム『もういいかい』をリリース。

小椋佳 公式サイト
ユニバーサルミュージック/小椋佳ページ

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