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高山レイヤ

【ライブレポート】高山レイヤの現在地。亡き祖母への想い、歌への執念――等身大の“私小説”を響かせた3周年&バースデーライブ

2023年1月に「非常事態な恋」でデビューを果たしたシンガーソングライター・高山レイヤが、デビュー3周年と自身の誕生日を記念したワンマンライブを開催した。テーマは“高山レイヤの世界”。普段のキャンペーンなどでは披露される機会の少ないオリジナル楽曲を中心に、弾き語りで披露。家族への想いや音楽への執念など、個人的なエピソードを綴った楽曲たちは、普遍的な歌謡曲、ポップスという枠を超え、彼自身の私小説をめくるような生々しさを持っていた。

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2026年4月4日、土曜日。東京・文京区のライブハウス「水道橋Words」。デビュー3周年の節目であり、自身の誕生日(3月30日)を祝う「3周年&バースデーライブ」には、温かな眼差しで見守り、静かに応援し続けるファンたちが集まった。

開演前から「どんなライブにしようか」と考え続け、前日はほとんど眠れなかったという高山。リハーサルではスタジオの部屋を間違えて機材の電源が入らず焦ったというハプニングもあったそうだが、それも含めて“この日”に真っ直ぐ向き合ってきた様子が、冒頭のユーモアを交えたトークから自然に伝わってきた。

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白のシャツに白のジャケットに身を包み、「REIYA」の文字が刻まれた世界に一本だけのオリジナルギターを手にした高山は、「今日は僕のやりたいことをやります」と宣言。ライブは第2弾シングル「誰にでも秘密がある」で開幕した。

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第1部では、デビュー以前から現在に至るまでの音楽的ルーツが丁寧に紐解かれていく。ソロでのメジャーデビュー前に活動していたユニット「カジカアストロイド」(現在は活動休止中)の楽曲「つぼみの花」では、作詞を担当した相方・橋本卓也との関係性や、「たくちゃん」「れいちゃん」と呼び合っていた頃の思い出が語られ、客席も温かな空気に包まれる。

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続く「2月のセレナーデ」は、中学時代にほのかな想いを寄せていた同級生への楽曲。上京後、若くして彼女が亡くなったことを知らされながらも、当時はアルバイトで葬儀に行けなかったという後悔があり、時を経て「彼女のために曲を書こう」と思い立ち、生まれた一曲だ。鎮魂歌ではなくセレナーデ(小夜曲)として届けられた。

さらに、恩師・HANZOの付き人時代に出会い、多大な影響を受けたというシンガーソングライター・小田純平へのリスペクトから生まれた「恋孔雀」を披露。「純平さんのパクリだと言われて一時期封印していた(笑)」というエピソードに、会場には柔らかな笑いが広がる。

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また、人前で歌うのは初めてだという安全地帯のカバー「じれったい」で大人の色気を漂わせ、パク・ジュニョンがカバーしていた韓国のダンスボーカルグループ 2AMの楽曲に感銘を受けて制作したという同名オリジナル曲「This Song」を歌い上げ、第1部を締めくくった。

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第2部は、テイチクエンタテインメントの近藤芳樹ディレクターが書き下ろしてくれた未発表曲「ミシン」からスタートした。

幼い頃、カタコトと音を立てる古いミシンで、母はたくさんの洋服を作ってくれた。しかし、新しく作ってくれたズボンを友達に笑われ、思わず文句を言ってしまった過去。その時に母が見せた寂しそうな表情と、「ごめんね」という母の一言が、今も心に残っているという。そんな個人的な記憶を丁寧にすくい上げたこの曲は、ライブという空間だからこそ成立する、静かで深い時間を生み出していた。

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その後、師匠であるHANZO氏書き下ろしのデビュー曲「非常事態な恋」で観客に手拍子を促し、会場に和やかな一体感を生み出すと、シンガーソングライターとしての原点とも言える上京当時の苦労話が語られた。

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高校時代からプロを志しオリジナル曲で活動していた高山は、大学の軽音サークルに入ろうとしたが、自身が求めるレベルとの差に違和感を覚え、バンドではなく、シンガーソングライターとして下北沢のライブハウスや路上へと活動の場を移した。

19歳の頃、新宿で偶然出会った音楽関係者から「1ヶ月で30曲作れ」と無茶な課題を課され、苦しみながら書き上げた中の一曲が「少年の頃」だったという。2012年、19歳の高山が、毎日が冒険だった子供の頃を振り返り、成長するにつれて、かつての夢や無邪気さが失われ、都会の片隅で金や仕事に追われる現実を歌った楽曲だ。そんなリアルな体験を、この日はアコースティックギターの力強いストロークに乗せて熱唱した。

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また、カラオケ大会でも人気を誇るデビュー曲のカップリング「行かないで‥ずっと」では、当時の制作秘話も明かされた。当初はHANZO氏本人が歌う予定の曲だったが、B面を決める会議の場で自ら「歌わせてほしい」と直訴し、見事にハマって採用されたという。

「この前もゲストとして呼んでいただいたカラオケ大会でこの曲を歌ってくださる方がいました」と、今では曲がひとり歩きしていると笑顔も見せていた。

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この日のハイライトとなったのは、セカンドシングルのカップリング曲であり、自身が作詞・作曲を手掛けた「さくラさく小径」を披露した時だった。

大学卒業後も音楽の道を諦めきれなかった高山に対し、両親は「夢を諦めて帰ってきなさい」と反対していたという。そんな中、唯一彼の夢を応援してくれていたのが、母方の祖母だった。祖母からの「夢を諦めないで」というビデオメッセージを原動力に頑張り続け、やがてメジャーデビューを果たすが、その吉報を届ける前に祖母は他界してしまっていた。

「この曲は、長野県佐久市の中込にある桜並木(千曲川沿いのさくラさく小径)を、祖母と一緒に歩いた思い出の曲です。おばあちゃんのためだけに作った曲だから、本当は他人に評価されるのが嫌で、CD化するつもりはありませんでした」

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そう語るほど個人的に大切な楽曲だったが、ファンの強い後押しもあり音源化を決意。アレンジされたオケをスタジオで聴いた瞬間、「こんなに素晴らしい曲になったんだ」と感動したという。

かつては歌うたびに涙していたというこの曲も、今ではファンが愛し、“祖母とファンをつなぐ曲”へと変化。あふれる想いを堪えながら弾き語る「さくラさく小径」は彼の飾らない真っ直ぐな歌声と相まって、聴く人の涙を誘うような、ありありと情景の浮かぶ歌唱だった。

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本編ラストを飾ったのは、母が大好きであり、高山も憧れるアーティスト、Mr.Childrenの「星になれたら」だった。「スターになりたい」という想いを込め、特別なライブでは必ずこの曲で締めているという。

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《動き出した 僕の夢 高い山越えて 星になれたらいいな 虹になれたらいいな》

楽曲の最後に歌われるこのフレーズは、「高山」という彼の名前にも見事に重なる。まさに彼自身の歩みを象徴し、背中を押す応援歌のように響いていた。

「これから4周年、5周年…6、7、8、9、10周年と歌っていきたい!」

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高山レイヤという表現者の“今”と“これから”を強く印象づけた記念ライブ。アンコールでは米米CLUBの「浪漫飛行」をファンと一緒に楽しんだが、シンガーソングライター 高山レイヤとしての深み、そして周囲への感謝を音楽で証明した2時間でもあった。

そして、初披露のカバー曲など、高山はこのライブで歌い手としての幅の広さを証明したが、この日のステージで聴く者の心を打ったのは、他でもない彼自身の人生を削り出したオリジナル楽曲たちだったことも付け加えておきたい。