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こころの旅を歌いながら

「帰って来たヨッパライ」のきたやまおさむと、音楽評論家・富澤一誠による新刊本『「こころの旅」を歌いながら』。

音楽評論家活動50周年を迎えた富澤一誠と、作詞家/深層心理学者のきたやまおさむによる対談本『「こころの旅」を歌いながら』が言視舎から刊行された。

サブタイトルは、音楽と深層心理学のめぐりあい。富澤ときたやまによる音楽文化論であり人生論が語られている。

と、書くと少々堅苦しいが、結論からいえば、本書に答えはない。それは時代が生きているからだが、70歳を超えた、音楽好き2人よるちょっといい世間話の席に同席させてもらって得した気分になれる本だ。これって、なかなか贅沢な時間じゃないだろうか。

音楽雑誌への投稿をきっかけに音楽評論家となり、音楽番組のパーソナリティーやコメンテーターとして活躍し、演歌でも歌謡曲でもJ-POPでもない、大人が楽しめる音楽「Age Free Music」を提唱する富澤。一方、きたやまは、1967年、ザ・フォーク・クルセイダーズの結成に参加し、「帰って来たヨッパライ」でデビュー。作詞家として「戦争を知らない子供たち」などを手がけるが、1971年に大学へ戻り、精神科医となった人物だ。

富澤は音楽評論家活動50周年を機に自分の人生を振り返ってみたという。

「そんな時に『振り返っても そこには ただ風が吹いているだけ』という歌が流れてきました。私は『歌いながらこころの旅を』を続けなければと思いました」(本書より)

流れてきた歌は、はしだのりひことシューベルツのデビュー曲「風」。1969年にリリースされ、この曲で彼らは日本レコード大賞の新人賞を受賞している。作詞したのは、きたやま(北山修)だ。

対談の内容は目次を見てもらうとして、本書では誰もが知る歌手や歌がたくさん俎上に上る。年配の音楽好きなら、懐かしいなと思いながら知識欲が満たされるだろうし、能動的に音楽を聴いてこなかった人も、どこかで聴いた歌ばかりなので興味が喚起される。

人生、旅をしろ。人生は旅だ、などと言われるが、コロナ禍で旅ができなくなった。じゃあ、どうすればいいか? 旅の終わりは「死」だが、死後の世界とは?

2人による音楽の旅の終わりに、富澤は1972年に「どうせ死ぬなら天国へ行きたい」と歌った井上陽水の「限りない欲望」を持ち出し、きたやまに「死」について問うている。

きたやまの答えは本書を読んでほしいが、ザワザワと、なんだか心が揺さぶられる対談集だ。

本屋で売られる本には本籍と現住所があるのはご存じだろうか? たぶん多くの本屋では、この本は音楽関係の書籍を集めた棚に置かれるだろう。つまり、ここがこの本の本籍。でも、旅行関係の棚に置かれていたらどうだろう? 旅行関係の本を探しに来た人が、たまたまこの本に興味を示して購入したとする。鉄道の旅をしながら、時に車窓を眺めながらこの本を読んで、「面白かったな」「よかったな」を思ったとしたら、そこに素敵な出合いがあったことになる。そして、その読者と本とが出合った場所が“現住所”というわけだ。

『「こころの旅」を歌いながら』は音楽関連の本ではあるが、本籍の棚ではないところにこそ置いてほしいと思う作品である。

2021年6月30日発行
『「こころの旅」を歌いながら』
著者:きたやまおさむ、富澤一誠
こころの旅を歌いながら

発行:言視舎
四六判 並製 240頁 ¥1,600+税

目次
第1章 「きたやまおさむ」の再発見
記憶に残る作詞家「きたやまおさむ」/「風」の時代/「白い色は恋人の色」を京都で作った意味/「花嫁」、ヒットの神髄/「戦争を知らない子供たち」の女性性/「さらば恋人」の深層/「赤い橋」と「死」/「間(あいだ)」でオリジナルは生まれる

第2章
「旅の歌」の思想――「終着駅」が見えないから面白い
なぜ「旅の歌」が作られたのか?/「旅」をきっかけにして

第3章
旅する音楽人生
「コブのない駱駝」の謎/名曲たちの深層/時代とともに旅するということ/ロンドン留学で得たもの/音楽は「癒やし」になるか?/「コロナ」時代の心の歌

▼『「こころの旅」を歌いながら』の詳細
言視舎HP 

 

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