新曲「望郷ながれ歌/明日咲く」をリリース。松村和子、40年目の原点回帰

40th Anniversary, Kazuko Matsumura

「帰ってこいよ」は歌の道標

 

――カラーのまったく違う2曲が両A面シングルとしてリリースされましたが、40周年記念曲を歌うことについて、その重みなど、何か感じることは?

松村 原点に戻ってきていますね。自分の歌の原点。レコーディングの時にたきの先生にお会いしたら、最初は40周年のためにつくったわけじゃないとおっしゃっていました。でも、のちに40周年記念曲だと聞いて、青森から、私の故郷・北海道へ、主人公に旅をさせようという気持ちになってくださったようです。先生も「40年、頑張ってきたんだよね」と言ってくださいました。

――40周年を迎えて、新しいチャレンジや、目標はありますか?

松村 最初は特別、何もなかったんですけど、コロナ禍に入ってから、ステージの見せ方、歌の聴かせ方がすごく変わっていくだろうなと思いました。YouTubeのチャンネルを開設された方もいらっしゃって、すごいことだと思います。でも、演歌のファンの方には、そこにたどりつけない方もいらっしゃるので、何がベストなんだろうかと、今、すごく悩んで考えています。ブログやSNSは私も、結構前からやっているんですが……。ただ、ソーシャルディスタンスを保ちながらも、キャンペーンやコンサートができる時期も来ると思いますから、「帰ってこいよ」を歌い続けることも目標ですね。

――先ほど、デビュー時と同じキーで歌えるとおっしゃいました。

松村 原点ですしね。三味線持って、「帰ってこいよ」を何歳まで歌えるか、です。だって、三味線、重いんだもん(笑)。小唄の軽くて小さい三味線じゃなくて、津軽三味線ってめちゃくちゃ重いんですよ。持って歩くのが大変。「帰ってこいよ」と私は切っても切れない関係だし、三味線もって歌わなかったら、「何しに来た」って言われちゃう。

――「帰ってこいよ」は大ヒット曲ですが、歌うのが嫌になった時期はありますか?

松村 ありますよ。ヒット曲に恵まれた人なら、みんなあると思います。絶対に「もう、いいや」って思う時期が。でも、「私が歌わなきゃ、誰が歌うの? そうだよ、この歌を歌わなきゃダメだんだよ」となりますね。

――お客様は、松村さんが歌われる「帰ってこいよ」を聴きたいわけですからね。

松村 腹が立つのは、未だに納得して「帰ってこいよ」を歌えないことですね。だから、目標になるんですけど。レコーディングしたのは17歳の時でした。その時も、最悪だと思って、「もう一回、録り直したい。このままの歌が出るなんてやだ」と思ったけど、ある時、どうやって歌えばいいのか迷ったことがあって、レコードを引っ張りだしてきて聴いたんですよ。完璧でした。あんなにひどいと思っていたのに、今聴くと、完璧。17歳の時のようには二度と歌えないんじゃ? と思ってしまったほどです。何千回、何万回と歌ううちに、歌に垢がついてしまっていたんです。

――当時のレコーディングについて覚えておられますか?

松村 レコーディングは午前でした。朝10時から。何も知らないから不思議に思わなかったですが、あまりないですよね。朝からレコーディングするという話は(笑)。作曲の先生のレッスンがあったりするのかと思いましたが、それも一切なくて、ディレクターさんも「さあ、やってみようか。素直に歌って」と言うだけ。でも、キーなどはディレクターさんが設定してくれたものです。民謡をやっていた17歳の私が限界のところで歌っています。今では低い音も出るようになりましたが、当時は低音がきつくて、それで納得していなかったんですが、自分でもわからない部分をディレクターさんが見抜いて引き上げてくださっていたんでしょうね。今、聴くと、当時の歌が完璧なんです。そのディレクターさんは2年後に若くしてお亡くなりなりました。42歳でした。あの時はショックでしたね。その年を私がとっくに通り越してしまっているのも不思議な感じです。

――だからこそ、大切な歌をいつまでも当時のまま歌い続けていきたいわけですね。

松村 「帰ってこいよ」は私の歌の道標になっている曲です。いつまで素直に歌い続けていられるか。いつまで三味線を担いでいられるのか。だって、三味線、重いんだから(笑)。

 


2020年8月26日発売
松村和子、40周年記念作品
「望郷ながれ歌/明日咲く」

「望郷ながれ歌」
作詞/たきのえいじ 作曲/岡 千秋 編曲/竹内弘一
「明日咲く」
作詞/かず翼 作曲/岡 千秋 編曲/竹内弘一
徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-91280 ¥1,227+税

 

INFORMATION
デビュー40周年を迎えた
松村和子の魅力が凝縮!

2020年11月4日発売
松村和子「全曲集~天・出世船~」

徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-74920 ¥2,818+税
【収録曲】
出世船/俺のふるさと北海道/ひぐらしの宿/よりみち酒/面影しぐれ/涙の旅路/風の津軽/帰ってこいよ ニューバージョン/天/人生一本道/かえりの港/イヨマンテの夜/黒百合の歌/北海の満月/黄色いシャツの男/女じょんから二人旅 (全16曲)

松村和子の約5年ぶりの全曲集。新録カバー曲「黒百合の歌」、「北海の満月」、「黄色いシャツの男」もアルバムに初収録。 デビュー40周年を迎えた松村和子の魅力が詰まった一枚となる。

 


profile
松村和子(まつむら・かずこ)
3月23日、北海道生まれ。民謡歌手だった母親の影響で、生活の中に民謡があった。3人姉妹の次女。家族の前で歌うことは少なかったが、小学3年生の時、学校行事で「真室川音頭」を歌い評判に。小学5年生の時、芸能プロダクションを経営している父親が、地元・苫小牧の市民会館で、南沙織と野口五郎のジョイントコンサートを開催。野口五郎に会いファンとなる。
「前年に西城秀樹に会ってファンになったんだけど、翌年、五郎に会って、ビビビっと来た(笑)。秀樹もかっこよかったんだけど、ステージを観たら歌がうまいし、五郎の繊細な感じもよくて、『助けてあげたい』みたいな。ほとんど初恋。それからは、明けても暮れて、五郎、五郎、五郎。飼っていた犬にも、五郎という名前をつけていました」(松村)。

“五郎に会いたい”という思いから、憧れだった歌手への夢がさらに強くなる。「歌手になって東京へ行けば、五郎に会える」。本当は歌謡曲やニューミュージックが好きだったが、母親が営んでいた民謡茶屋じょんがらのステージに立ち、民謡を歌うようになる。また、中学卒業後は父親の芸能プロに入り、3年間で民謡の舞台を1000回以上務める。

16歳の時、“東京へ行けば五郎に会える”と、ビクターが主催する民謡のオーディションを受ける。それがきっかけとなり、演歌での歌手デビューの話が持ち上がり、1980年4月、18歳の時に「帰ってこいよ」でデビュー。この年は、松田聖子や田原俊彦、岩崎良美、河合奈保子、柏原よしえ(現・芳恵)などがデビューしている。
「歌謡祭では五十音順に歌うので、いつも聖子ちゃんが私のためにスタンドマイクを出してくれる役目だった。でも、それまで“セイコーっ”て声援していたお客さんがシーンとなるわけ。わかっていても、あれは寂しかったですね。私だって、あんな服着て歌ってみたい、とか、やっぱり思っちゃいますよね(笑)」

松村は振袖を加工した和洋折衷の衣装、おさげ髪、三味線というスタイルだった。
「あれは『帰ってこいよ』のための衣装じゃないんです。“振袖パンタロン”の衣装は、父親が考えたもの。私だけじゃなく、一緒に民謡のステージに上がっていたみんなが着ていたんですよ。ジャケットの写真も、町の写真館で撮影したもので、宣材資料としてレコード会社に渡していたものなんです。でも、それを観たディレクターさんが、『これだッ!』となって」

“振袖パンタロン”姿で歌う松村のデビュー曲は大ヒットし、年末にはオリコンのランキングで5位にまで浮上。その年の日本レコード大賞 新人賞を受賞(新人賞受賞5人の内、演歌歌手は松村ひとりだった)し、翌1981年には『NHK 紅白歌合戦』に初出場を果たした。野口五郎とはデビュー後に雑誌での対談が実現するなど、今では公私ともによく知る間柄となる。

2006年、レーベルを徳間ジャパンへ移し、2010年には30周年記念曲「面影しぐれ/涙の旅路」をリリース。2020年8月、40周年記念曲「望郷ながれ歌/明日咲く」を発売。同年11月には5年ぶりに全曲集アルバム「全曲集~天・出世船~」を発売予定。