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田川寿美

田川寿美がデビュー30周年記念コンサートで見せた笑顔と涙。「ありがとう、大好き」「皆様にお会いできてよかったあ」

プロローグ

「新型コロナという状況下、少しずつ歌手のイベントを行うことができるようになってきた中、田川寿美の30周年の節目にこのような機会をいただけたことに幸せを感じています。このさくらホールは初めてですが、とても上品で、心が通い合うようなちょうどいい会館をスタッフの皆さんが選んでくださったことにわくわくしています。

私がデビューした平成4年(1992年)からはずい分と時代が変わってきましたが、演歌のこれからの動向がどんなふうになっていくのかが楽しみです。この30年の節目を自分の一つの区切りとして、新たなスタートを切るための感謝の集いのようなコンサートにしたい。全体を通してストーリーを感じていただけるような構成で、平成4年のデビューの時代背景から皆さんがその時々に、応援してくださったご自身の時代と重ね合わせて感じていただけるきっかけになればいいですね」

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指で「30」をつくる田川寿美。緊急事態宣言は解除されたが、コロナ禍の下、「昨夜の夜は、本当に起こしいただけるであろうか、とても心配だった」と告白していた。

一流の先輩との出会いが、永遠の目標へ

デビュー30周年の田川寿美が11月1日、東京・渋谷区の渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールで記念コンサートを開催した。冒頭の言葉は開演前の田川の気持ちだ。

「わくわくしている」「感謝の集いのようなコンサートにしたい」。そう語っていた田川は、「一期一会」から歌い始めた。いではくが作詞し、近年、田川の多くの作品を手がけている幸耕平が作曲した2014年の作品だ。NHKラジオ深夜便「深夜便のうた」にも採用され、デビュー25周年記念コンサートでは、ラストに歌った曲だった。

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人は出会いと別れを繰り返すが、出会いの時のときめきを忘れずに、すべての人に「ありがとう」の感謝の気持ちを持ちたい。そしてそんなふうに生きていきたいと訴える「一期一会」。オープニングに歌うことは、田川にとって必然の選択だったのだろう。

歌い終わった田川には客席から大きな拍手が送られた。

「開演と同時に皆さんの温かい、大きな拍手を感じて、涙が出そう。本当に来てくださって、ありがとうございます」

田川はチャーミングな笑顔を見せると、一気に話した。

「15歳で故郷・和歌山から上京し、16歳で『女・・・ひとり旅』でデビューしまして30年を迎えました。30年というと、その響きだけでもベテランという感じがします。自分でもびっくりです。デビューした年は20年後、30年後、どんな歌手になっているんだろうなと思いましたが、こんな感じです(笑)。でも、気がつくと、どんどん年下の後輩が増えてきて、大先輩の方もたくさんいらっしゃるので、中間管理職の気分を味わっている歌手でございます(笑)」

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「振り返れば、恵まれた時代と環境の中でのスタートで、ニキビだらけの子どもだった私に手取り足取り、スタッフの皆さんが教えてくださり、導いて育ててくださいました。そんなスタッフとの出会いがあり、そして応援してくださっている皆さんとの出会いを通して、早々に(デビュー2年後の1994年に)紅白歌合戦へ出場させていただき、そして、歌手としては憧れの舞台ですね、(1996年の)大阪の新歌舞伎座では1カ月公演を今は亡き芦屋雁之助さんとご一緒し、最年少座長を経験させていただきました。座長とはいえ、まだ19歳かな。雁之助さんがいろんな取材を受けている中で、『最年少の小さな座長さんですね』って聞かれたときに、『いやいや、この子はしっかりした大きな座長さんですわ』って言ってくださったんです。その言葉にわ~って救われる気持ちになって。

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多感なころに一流の先輩方の姿を間近に拝見することによって、歌手の道って長く険しいけれど、毎回毎回、ヒット曲を出さなきゃって思うことも大切ですけど、それ以上に私もいつか一流の歌い手になれればいいなと、永遠に持ち続けられる目標に出合えた気にもなれました。

素敵な作品にもたくさん出合えました。素敵な人生だなと思います。30年の作品の歩みを通して、皆様が歩いてこられた時代を通して、曲と共に今日を楽しんでいただけるとうれしく思います」

熱い熱いファンの気持ちに「アツい~」

単独コンサートとしては2年ぶりの開催。コロナ禍での感染防止対策のため観客数を半分に制限して開催した30周年記念コンサートだったが、「一期一会」に続いて近年の曲から女心を表現した「心化粧」「倖せさがし」「恋はひといろ」の3曲を届けると、田川は拍手を送ってくれるファンの気持ちを強く強く感じていた。

「なんか今日最高! 拍手の熱さをぶわ~とを感じて、アツくなります。長年、応援してくださって、一途に思ってくださることに頭が下がる思いです。歌を通して得られた奇跡の出会いですね。こうして生かされているんだな、というのを感じます。

今回の30周年のコンサートですが、私にとってはこれまでの感謝の集いのような気持ちでいるんです。おひとりおひとりに、『ありがとう。大好き、大好き』って伝えたい気持ちでいます」

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若くして上京し、歌手としては恵まれた環境でデビューできた。そんな田川が上京して数年後に帰省してみると、生まれ育った場所が様変わりしていたという。新しい建物が建ち、「大好きだった山や田んぼが、そこでよく歌を歌ってたんですけど、まったく風景が変わってしまっていました」(田川)。自分の居場所がなくなった気持ちになり悲しくなったと吐露する田川だったが、何年もかかって気づいたという。故郷というのは、風景ではなく、近所のおじちゃん、おばちゃんなどいつも声をかけてくれた人が大事なのではないかと。「人がいることが故郷の良さなんだろうなって」(田川)

田川はオリジナル曲から故郷への思い出と重なる作品「ねんねん ふるさと」を歌唱すると、「こぼれ月」「しゃくなげの雨」へと歌い継ぐ。

もっと羽ばたきたい! 五木寛之へのラブレター

田川寿美

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ステージが暗転し、鈴虫の鳴き声が響いてきた。風の音も聞こえてきた・・・。曲のイントロが始まる。2002年に作詞・五木寛之、作曲・幸耕平で生み出された「女人高野」だった。従来の演歌とは一線を画すこの曲で、田川は日本レコード大賞で5度目の金賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも4度目の出場を果たした。

田川は五木寛之のエッセイ『生きるヒント』を読んで感銘を受け、作家・五木寛之のファンになった。そんなある日、ラジオ番組を一緒に担当していた放送作家であり作詞家の杉紀彦を通じて、五木寛之に会う機会を得た。

「杉紀彦先生に、『寿美ちゃん、五木先生のファンなんだろう? 逢わせてあげるよ』って言われて。うれしくてラブレターを書きました。私は20代の歌手ですけど、演歌歌手だけじゃなく、もっと羽ばたきたい。そんな歌を書いていただけたらうれしいですって書いた記憶があります」

五木寛之と感動の出会いをしてから一週間後、十編ほどの作品が届いたという。その中の一編が古くから女性の信仰を集めた室生寺を舞台にした「女人高野」だった。

田川寿美

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着物に黒い打掛を羽織った田川は、なまめかしいほど美しく「女人高野」を歌い上げると、同じ作家陣でその翌年にリリースした「雑草の泪」を聴かせた。演歌歌手・田川寿美の歌の世界を広げてくれた五木寛之。その五木から田川に手紙が届いていた。

司会を務めた西寄ひがしが代読し、観客に聞かせた。

期待の言葉 五木寛之
田川寿美さん、歌手生活30周年おめでとう。
10代でデビューをしてから今日まで歌い続けてこられたことに、心から拍手を送りたいと思います。
山あり谷ありの芸能界で、持続する志を持ち続けることは、自分ひとりの努力で成し遂げられることではありません。歌を聴いてくださるファンと、サポートをしてくれるスタッフの力に支えられての30周年です。
大人の歌手としての今後を期待しています。あらためておめでとう。
※代読を文字に起こしたもの。用字等は実際とは異なる

田川寿美

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田川は時を重ねるにつれ、五木寛之が作品を書いてくれたときの熱量を感じるようになったと告白する。そして、その五木からリクエストされたという曲を歌った。

「五木先生から、なんとリクエストをいただいてしまって。愛情たっぷりなんですね。寿美ちゃんにはこの歌が似合うんじゃないかと。藤田まことさんの『夜のララバイ』という歌です」

田川寿美

「男の哀愁を感じる作品に挑戦させていただきました」と、五木寛之が作詞し、弦哲也が作曲した同曲を披露すると、田川は話し始めた。

「10代、20代と過ごしてきて、30代の前半に、突然空虚な気持ちになったことがありました。歌手としてはさまざまな経験を重ねてきましたが、ひとりの人間として自分を客観視したときに、ああ、これまでのことは全部夢だったんじゃないのかな。現実は違うんじゃないのかな、なんて。友人たちはみんな結婚していくし、私は何をしたいのかな。どんな人生を歩んでゆきたいのかな。今思うと遅れてやってきた思春期みたいなものですが、当時は悶々とひとり思い悩み、気がつくと夜明けになっていることもしばしばありました」

第一部の最後の曲として田川が選んだ曲は、「夜明けのメロディー」だった。ペギー葉山が2010年に発表した作品で、作詞・作曲は「夜のララバイ」と同じ五木寛之と弦哲也。どちらもNHKラジオ深夜便「深夜便のうた」として放送された作品でもあった。

美空ひばりに感じた「音楽って自由」

斉藤功

第二部はギタリスト・斉藤功の音色から始まった。美空ひばりの「リンゴ追分」が演奏されると、黒と緑が組み合わされたドレス姿の田川がステージに登場する。田川が斉藤と出会ったのはデビュー曲のレコーディングの時だった。斉藤が言う。

「セーラー服を着ているころから知っているんですよ。可愛かったなあ。あのころからウン十年経って、いい女になっちゃって(笑)」

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ここからは斉藤と田川がギターを弾き、楽曲を届けていく。まずは「ひばりの佐渡情話」から。

田川はデビュー2年目の1994年に『美空ひばり名曲集~歌いつがれるひばりメロディ』というアルバムを出している。またコロナ禍で始めたYouTubeではギターの弾き語りを披露しているが、「田川寿美デビュー30周年企画『田川寿美の〇〇はじめました!』第1弾!」として披露したのが、同曲であり、多くの再生数を数えた。

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斉藤から「よくこんな難しい歌を選んだね」と褒められた田川だったが、「美空ひばりさんの歌を出させていただいたときに、音楽ってこんなに自由なんだと感じました。等身大の生き生きとした歌謡曲に出合って、こういう歌をもっと歌っていきたいなと憧れを持ちました」と、当時の思いを語っていた。

斉藤との共演では、さらにカバー曲として「白いブランコ」「夢の中へ」を弾き語りで歌うと、田川はオリジナル曲から「悲しい歌はきらいですか」と「花になれ−うめ さくら あやめ あじさい ひがんばな−」を選曲した。

「悲しい歌はきらいですか」は2003年に放送されたNHK金曜時代劇『御宿かわせみ』主題歌であり、その歌唱を田川が担った。「花になれ」は堀内孝雄が作曲をしたシングル作品で、こちらも2004年に放送された『御宿かわせみ』の主題歌に採用されている。作詞はどちらも阿久悠だった。

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最年少座長などいろんな初めてを経験してきた田川だったが、歌手としてパチンコのイメージキャラクターに抜擢されたのも第一号だった。会場にいたあるファンは、「パチンコで寿美ちゃんのファンになった」と照れていた。1997年7月7日、田川のデビュー7枚目のシングル「華観月」(1996年リリース)を題材にしたパチンコ実機「CR華観月」が発売され、ルーレットで777が並びフィーバーすると、田川の「華観月」が流れた。

黒/金の振袖に着替えた田川は、「華観月」を歌うと、デビュー曲「女・・・ひとり旅」「哀愁港」などを聴かせた。

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奇跡の出会いを大切に。これからも一歩一歩

「デビュー30周年記念 田川寿美コンサート」はフィナーレへと向う。

「さまざまな曲との出合いを重ねてきましたが、昨年発売した『楓』という歌が、(コロナ禍で)通常通りの活動ができなかったにもかかわらず、カラオケの好きな方が愛してくださって、今なお愛唱歌として歌ってくださっています。オリコンのチャートでも上位をいただき、皆様のおかげで勇気づけられた一曲でもありました」

さいとう大三が作詞し、幸耕平が作曲した哀愁演歌である「楓」は、恋の別れを迎えた女性の気持ちを“楓”というキーワードに乗せて表現した失恋の歌。オリコン週間シングル演歌ランキングでは、2017年の「心化粧」以来、3年ぶりとなる1位(2020年10月5日付)を獲得。紫のシックな着物に紅いオーガンジーをなびかせたジャケット写真やミュージックビデオも話題となった。

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「こうして月日が流れてきて、最近よく思うことがあります」。「楓」を歌い終わった田川が静かに話し始めた。

「人生のおいて大きな出来事というのは衝撃的ではありますけど、でも、いつか忘れてすべては過去のものになっていきます。そう思うと、ずっと心にしみて残るのは、ささやかな会話のひと言だったり、目と目があった瞬間に、『ああ、通じてる』って思える瞬間だったりするものかなって・・・。人の温もりって、いいものですね。ひとりでは生きていけません。私の人生は大好きな歌を歌うことで、想像した以上に聴いてくださる方が応援してくださったり。『励みになったよ』『ありがとう』って言ってくださったり。私自身の人生が奇跡です。人様の記憶に留めていただき、思いを持っていただくことが、私にとっての宝物なんです。今日こうして渋谷の会場までおひとりおひとり足を運んでくださって。今を一緒に生きてるなあって思えます」

田川の目には涙が光っていた。

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「人生さまざまあって、いろんな人生があって、でも、いいこともそんなに長くは続かないけど、悪いこともそんなに長く続かないよね。そう思うと、いつか必ず雨があがる」

ステージに虹が現れると、田川は9月29日に発売したデビュー30周年記念曲「雨あがり」を歌唱してエンディングを迎える。全23曲。2時間を超えるステージだった。

田川寿美 田川寿美

「雨があがった後に出てくる虹という自然現象に対して人は心を動かされたり、癒やされたりするものなのだなと、この年齢になって実感しています。だからこの『雨あがり』が、あらゆるシチュエーションで生きていらっしゃる方々の癒やしにつながればうれしいですね」

新曲発売に際し、そんなふうに話していた田川。「雨あがり」は作詞家・高橋直人と初タッグを組み、長年師事している幸耕平が作曲を手がけてくれた幸せ演歌だ。

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大きな拍手が鳴り止まない中、田川はファンに呼びかけた。

「今日は最後まで、あったかあ~い、あったかあ~い拍手、いっぱいくださって・・・。最初からうるっと来ちゃうぐらい感激でいっぱいでした。皆様にお会いできてよかったあ」

ステージの幕が閉じるまで、田川はファンに笑顔で手を振り続けた。

「これからは自分の意識をしっかりと持ちながら一歩一歩、歩いていける歌手を目指したいなと思っています。40周年、50周年に向けて、演歌のスタイルも変わっていくことに期待しながら、新しい演歌も歌っていきたいですね」

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NEWS
田川寿美 サブスク解禁!
デビュー30周年を記念して田川寿美のシングル全36作72曲が10月27日よりサブスクリプション(定額聴き放題)およびダウンロードにて配信がスタートした。10月27日に引き続き、11月24日と12月22日と3回に分け、発売の新しい順に段階的に配信される。
「大好きな歌の道一つでデビュー30周年を迎えさせていただきました。本当に幸せです。そして今回、配信やサブスクでこれまでのすべてシングル楽曲を聴いていただけることになりました。新たな形で、皆さんと一緒にこのデビュー30周年を振り返ることができたらうれしいです」

10月27日配信:「雨あがり」 「楓」 「恋はひといろ」 「春よ来い」 「心化粧」

11月24日配信:「哀愁酒場/火の舞」 「倖せさがし」 「女の舟唄」 「一期一会」 「花一輪」 「霧笛」 「冬の日本海」 「北の港駅」 「愛情行進曲」 「誰も泣きたい時代だね」

12月22日配信:「雪が降る」 「ここは港町」 「花になれ/悲しい歌は嫌いですか」 「雑草の泪」 「女人高野」 「雨の連絡船」 「海鳴り」 「ねんねん ふるさと」 「こぼれ月」 「海峡みなと駅」 「終電 何時?」 「北海岸」 「哀愁港」 「しゃくなげの雨」 「華観月」「おきゃん」 「風岬/放浪記」 「みれん海峡」 「風ぐるま・恋唄」 「なみだの港」 「女・・・ひとり旅」
※タイトルはA面曲のみ記載

 


田川寿美
2021年9月29日発売

デビュー30周年記念曲
田川寿美「雨あがり」
田川寿美

「雨あがり」
作詞/高橋直人 作曲/幸 耕平 編曲/南郷達也
c/w「ふたりの縁(えにし)」
作詞/高橋直人 作曲/幸 耕平 編曲/南郷達也
日本コロムビア COCA-17924 ¥1,350(税込)

「雨あがり」は前作「楓」を踏襲した演歌作品だが、幸せな気持ちになれる優しい楽曲となっている。「デビュー30周年、気がついてみればあっという間の30年目です。この新曲は心に寄り添うような、明るく温かい作品となりました。ぜひ多くの方に口ずさんでもらえればと思います」(田川)。
ジャケット写真は7月に都内のスタジオで撮影された。水色の背景と白いストリングカーテンをバックに、さわやかな世界観を表現。田川の着物は黒地にカラフルなラインが入ったシンプルながらに和モダンなものが選ばれた。また、田川が初めて前髪を上げたヘアスタイルで写っており、大人の魅力を前面に押し出している。田川はこのビジュアルに、「初めて前髪を上げてたヘアスタイルに挑戦してみました。柔らかな背景と光の中で、凛とした空気感も感じてもらえる大人な写真になったかなと思います」と語っている。

 


2021年11月17日発売
アルバム『田川寿美全曲集 2022』
田川寿美

日本コロムビア COCP-41596 ¥3,100(税込)

収録曲
1.雨の連絡船/2.花一輪/3.海峡みなと駅/4.みれん海峡/5.海鳴り/6.女…ひとり旅/7.北の港駅/8.風ぐるま・恋唄/9.女の舟唄/10.女人高野/11.一期一会/12.誰も泣きたい時代だね/13.雑草の泪/14.花になれ −うめ さくら あやめ あじさい ひがんばな−/15.心化粧/16.楓