
【写真追加】話題満載! 水森かおりが恒例のメモリアルコンサートを開催。「飛び跳ねられるまで歌い続けたい」と。紅白への決意と新企画も発表
“ご当地ソングの女王”として知られる歌手の水森かおりがデビュー記念日の9月25日、東京・渋谷区のLINE CUBE SHIBUYAで「水森かおりメモリアルコンサート~歌謡紀行~」を開催した。デビュー記念日のメモリアルコンサートは毎年、都内で開催しているが、今年は初めて、全国6カ所で「メモリアルコンサートツアー」を行う。


さて、デビュー満30年の記念日であるこの日。水森はこれまでの歩みを振り返るとともに、未来への新たな一歩を踏み出す圧巻のステージを繰り広げた。


コンサートは、最新曲「大阪恋しずく」で華やかに幕を開けた。昨年の「第75回NHK紅白歌合戦」で着用した純白のドレス姿で登場して、ファンの歓声を浴びながらの歌唱となった。
LINE CUBE SHIBUYAには満員となる約1800人が駆けつけてくれた。水森はここでキャリアの集大成ともいえる圧巻のシングルメドレーを披露した。1995年のデビュー曲「おしろい花」から昨年の「三陸挽歌」まで、32曲のシングル表題曲を、当時のミュージックビデオを背景に次々と歌い上げたのだ。

20周年の記念コンサート以来10年ぶりとなるこのメドレーについて、「20周年の時からさらに10曲増えているので、すごいハードではあると思うんですが、水森かおりの歴史を、歌と姿かたちでも見ていただこうと思って(笑)」と、笑顔を見せると、「22歳の自分から51歳の私まで、30年の歴史を見ていただけると思います」とアピールしていた。

第二部では、水色パンツ姿で客席をラウンドしながら、昭和のヒット曲のカバーから ちあきなおみの「四つのお願い」、ジュディ・オングの「魅せられて」、テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」、松田聖子の「青い珊瑚礁」、ピンク・レディーの「SOS」などを元気いっぱいに歌唱しつつ、サインボールを客席に投げ込む大サービスでファン喜ばせた。


ステージに戻ると、水森は8月6日発売のカバーアルバム『Heartful Songs』より「もしもピアノが弾けたなら」(西田敏行)、歌謡紀行シリーズの最新作で、9月24日に発売されたばかりの『歌謡紀行24~大阪恋しずく~』から「夢洲ブルース」を歌唱した。


特に注目を集めたのは、コンサートの司会を務める西寄ひがしが作曲した「夢洲ブルース」だ。MBSラジオの番組『福島のぶひろの いんじゃない?』の企画から生まれた楽曲で、関西・大阪万博の会場・夢洲のご当地ソングとして誕生した。水森がその制作過程の中でデモ歌唱を担当したことから、アルバムにも収録されることになった。
水森は「西寄さんが『これで夢の印税生活ができるかな』っておっしゃっていたので、私も貢献できるように頑張ります(笑)」とユーモアたっぷりと語っていた。
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コンサートの終盤は”ご当地ソングの女王”と呼ばれる歩みの幕開けとなった「東尋坊」、NHK紅白歌合戦に初出場を果たした「鳥取砂丘」を熱唱した。ファンの目を楽しませたのは、水森が披露した深紅のボルドードレスだ。昨年の紅白のドレス同様、亡くなった桂由美さんの遺志を引き継いだスタッフが手がけたもので、水森は「先生の思いをしっかり引き継がれたスタッフの皆さんが心を込めて作ってくださった。先生も見守ってくださっていると思います」と語ったいた。
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そして、好調なセールスを記録している最新曲「大阪恋しずく」を改めてフルコーラスで届けた。同曲は、YouTubeで公開された自身初のフルバージョンMVが197万回再生を突破するなど大きな話題を呼んでおり、「すごくびっくりしています。見て覚えて歌いたいと思ってくださる方がそれだけ多いのかな」と反響の大きさに驚きを見せた。
また、この日から新たな企画「水森かおり ご当地ソング大募集!~あなたの町が歌になる~」がスタートすることも発表された。これは水森自身の発案で、「どれだけの方が水森かおりに自分のふるさとを歌ってほしいと思ってくださっているのか、興味があった」ことがきっかけだという。採用された場所は次作以降のシングルの舞台となり、水森自身も可能な限り現地でのイベントに参加し、地域のPRに努めるという初の試みだ。

デビューから30年。「デビューした時は30年後の自分なんて全く想像していなかった。本当に不思議な感じです」と感慨深げに振り返る。
「紅白に出させていただくまでの9年間はいろいろありました。でも、そこからの21年は本当にあっという間でしたが、いろいろあった9年間があるから30周年が迎えられたと思います。苦しかったことが糧にできましたね」
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今後の目標については、「私より若い世代の方が子供を連れてきてくださったり、お孫さんを伴って三世代に来てくださったりと幅広い年代の方が来てくださることが増えていてすごくうれしい」と語ると、これからも世代を超えて応援していただける歌手でありたいを、デビュー31年目のスタートの日に改めて決意していた。
そして、「元気で、笑顔で、飛び跳ねられるまで歌い続けたいです」と力強く宣言。「今年の1月1日には、1年の締めくくりである紅白の舞台に必ず帰りたいという思いでスタートしたので、その目標に向かって頑張りたい」と、23年連続出場となる年末の大舞台へ向けて熱い気持ちを見せた。
メモリアルコンサートの最後は「明日への扉」(「鳴子峡」タイプDのカップリング曲)。今日の幸せに“ありがとう”と感謝する曲を駆けつけてくれたファンに届けて記念コンサートを締めくくった。







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