こまどり姉妹 敏子 石岡みどり

こまどり・敏子&石岡みどりが奇跡のデュエット。新曲「命輝け」発表ライブで命の歌声を響かせる!

こまどり姉妹の妹・敏子と、石岡みどりによるデュエット企画が実現し、新曲「命輝け」がリリースされた。これを記念して、7月18日、東京・港区のライブレストラン青山で新曲発表ライブが開催された。

こまどり姉妹は姉の並木栄子(本名:長内栄子)と妹の並木葉子(本名:長内敏子)による双子デュオ。北海道から上京し、浅草を中心に三味線を弾いて流しをするうちに評判となり、スカウトを受けて1959年(昭和34年)より作曲家・遠藤実に師事。同年10月、「浅草姉妹」でデビューし、「三味線姉妹」「ソーラン渡り鳥」などヒット曲を連発し、一世を風靡した。

そんなこまどり姉妹の活躍に憧れていたのが、石岡みどりだ。今回の企画は、姉の栄子が体調不良により歌手活動を休止していることから、同じ北海道出身の石岡とのデュエットが実現した形だ。

こまどり姉妹 敏子 石岡みどり

こまどり姉妹 敏子 石岡みどり

ライブの幕開けは、こまどり・敏子&みどりによる「命輝け」から。同曲はこまどり姉妹が1981年に発表したシングル曲のリメイクで、作詞作曲は敏子自身によるものだ。

現在87歳である敏子は、「今日はデビュー時代に戻ったような緊張感で、足が震えています。今日という日のために朝早くから起きて、12時間かけてお化粧してきましたの。歳をとるとね、どんなにつけても剥げ落ちてくるんです」とユーモアたっぷりに挨拶し、会場を沸かせた。そして、「命輝け」が生まれた背景には、自身の壮絶な闘病体験があったことを語り始めた。

こまどり姉妹 敏子

「33歳の時に癌を患いまして、肺に転移して“今日明日”という状態でした。医師から『100人が試して100人亡くなっている』というドイツの薬を提案され、死んでもいいと一筆書いてその治療を受けました。それが奇跡的に効いて、一命をとりとめたんです」

敏子の言葉は、会場の感動を誘った。退院後も再発の不安を抱える中で、「好きなものを食べて過ごしてください」と言われても、何を食べても味がしなかったという。しかし、わずかな命を懸命に咲かせる花の姿に心打たれ、「花のような気持ちになりたい」と、命の尊さをしみじみと感じたその思いを歌にしたのが、この「命輝け」だった。

石岡みどり

一方、憧れだったこまどり姉妹の敏子とのデュエットが実現した石岡は、「私が10歳か12歳の頃から、ずっとファンだったんです」と告白。当時、大好きでよく歌っていたのが「浅草の鳩ポッポ」だったという。

石岡の熱い希望により、「命輝け」のカップリング曲として、1961年の作品「浅草の鳩ポッポ」がリメイク収録されている。二人がファンの前で同曲を披露すると、石岡は感極まって涙ぐむ場面も見られた。

こまどり姉妹 敏子 石岡みどり

癌を克服し、今もステージに立ち続ける敏子は87歳とは思えぬほど元気で、ライブでは石岡と2人で「三味線姉妹」などの名曲の数々を披露。「『三味線姉妹』はデビュー曲の『浅草姉妹』より前にできていた歌なのよ」といった制作秘話も明かし、ファンを楽しませた。

ライブの終盤、敏子は姉妹が未熟児で生まれ、母が命がけで育ててくれたというエピソードに触れると、「今思うと、母の厚い愛情があったからこそ、こまどり姉妹になれました」と感謝を語った。この日、敏子と石岡が響かせた歌声は、まさに二人の人生そのものであり、命の輝きに満ちていた。

 


2025年7月2日発売
こまどり・敏子&みどり「命輝け」
こまどり姉妹 敏子 石岡みどり

「命輝け」
作詞:長内敏子 作曲:長内敏子 編曲:隼トシヒデ
c/w「浅草の鳩ポッポ」
作詞:石本美由起 作曲:遠藤実 編曲:隼トシヒデ
徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-91636 ¥1,500(税込)

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