
75歳の“新人歌手”成世昌平が歌う生命の応援歌「母ちゃんの海」。100年先へつなぐ「生きていく」覚悟
サラリーマンから民謡名人位へと上り詰め、歌手として40周年を迎えた成世昌平。節目の記念曲「母ちゃんの海」は歌謡生活の集大成的作品ではなく、もず唱平氏からバトンを渡された浜圭介氏が「これまでの成世を潰す」つもりで作ったという。75歳にして“新人”として挑んだ本作。“母ちゃん”の背中を通して、生命の応援歌を届ける。

サラリーマンから歌手へ。紅白“当確”からの落選も
色鮮やかな複数の大漁旗を縫い合わせて作られた丈の長い法被(長はんてん)を羽織る成世昌平。その姿は、75歳という年齢をまったく感じさせない、若々しいエネルギーに満ち溢れていた。
高校卒業後に島津製作所に就職し、サラリーマンとして働きながら民謡にのめり込んだ。のちに弟子が100人を超え、ついに脱サラして歌の世界へ。1985年には「博多節」で歌手デビュー。かつては落語家を志し、三代目・桂米朝に弟子入りを直訴したこともあるという異色の経歴を持つ。日本の原風景を歌い継ぐ民謡界の至宝であり、日本民謡協会第46代名人位を受章した大御所が、2026年、歌謡歌手として40周年を迎えた。
「40年というと長いようですが、本当にあっという間に過ぎてきたという感じです。自然のままに歩んできましたが、やはり15年目(1999年)に出した『はぐれコキリコ』が50万枚の大きなヒットになりまして、20周年頃までがひとつのピークでした」
徐々に火が着き、「はぐれコキリコ」が大ヒットした2002年、紅白歌合戦出場の「当確」の噂が流れ、成世は大きな期待を胸に、150万円もかけて本番用の衣装を準備していたという。ところが、発表当日に大阪から東京へ向かう新幹線の車内で、まさかの落選通達を受ける。
悔しい経験もしたが、今となっては笑い話。
「当時は今のような通信カラオケはなくて、レーザーディスクの時代。1枚に4曲入りますが、たまたまある方の作品が入らないことになり、『はぐれコキリコ』を入れていただくことになりました。カラオケ好きな方がそのレーザーディスクを買って、お店に持参して歌ってくださった。未だに“成世の歌”としてカラオケで歌い継いでくださる方がたくさんいらっしゃるのは、本当にありがたいことです」

託されたバトン。75歳、“新人”としての挑戦
作詩家・もず唱平による「はぐれコキリコ」で全国区となった成世は、「歌の親善大使」としてブラジル・サンパウロ公演を行ったり、「日中友好大使」として中国周荘にてコンサートを開催したりと慰問活動にも力を注いできた。
そんな成世の40周年に準備されたのが「母ちゃんの海」。これまでの集大成という予定調和な楽曲ではない。
手掛けたのは「雨の慕情」などのヒットで知られる浜圭介氏。長年、成世の作品のプロデュース的役割を担い、「日本の原風景の具象」というコンセプトを掲げて数々の名作を共に生み出してきたもず唱平氏から、直々に新たなバトンが渡されたのだ。

「もず先生がご自身の区切りとして、これからは浜圭介先生に成世を託したいと、直接バトンを渡してくださったんです。そこで浜先生は、40年の集大成にふさわしい成世らしい曲を作るのではなく、いったん『成世昌平』を潰すぐらいのつもりで、まったく新しい成世を作ろうとこの曲を持ってきてくださいました」
浜氏からのディレクションは徹底していた。これまでの民謡で培った節回しや演歌の枠組みを取り払い、成世に力強くストレートな歌唱を求めた。
「今回はとことん浜先生のレッスンを受けました。これまでとは全く違う歌い方で、完全に『新人・成世昌平』として歌ってほしいと言われました。僕自身も40年やってても、75歳の後期高齢者になっても新人だと(笑)。新しいことができるならぜひやってみたいと、真っ新な気持ちで挑みました。だから今回の曲を聴いていただくと、少し成世っぽくないなと感じる方もいらっしゃるかもしれません」

「ヨイトマケの唄」との運命的な符合
「母ちゃんの海」は浜氏と原文彦氏による共作詩。北海道の岩内、石狩、網走、紋別といった風神雷神が荒れ狂う過酷な海を舞台に、亡き夫に代わって“女の意地”で漁に出る母親の姿を描いた応援歌だ。
「もず先生の作品は、1番から3番へと物語が進んでいくことが多いのですが、この曲はダイレクトに『生きていくんだ』というメッセージが貫かれています。北海道の荒波で漁に出るお母ちゃんの歌ですが、なぜお父ちゃんが亡くなったのかなどの細かい説明はありません。聴く方が自由にストーリーを作ってくださればいい。僕自身はただひたすらに、『諦めずに生きるんや』というメッセージを届ける応援歌として歌と向き合いました」
水産庁のデータによれば、現在の日本の漁業就業者のうち、女性の割合はわずか14%。しかもその多くは海女や沿岸での養殖作業などに従事している。「父ちゃんみたいに稼げぬけれど」(歌詞より)と、身を切るような寒さの海へ本格的に船を出す女性となれば、その数はさらに限られるだろう。
女手一つで身を粉にして働き、家族を守る母。成世にとって初めての「母もの」となったこの曲だが、奇しくも彼自身の原体験と強く結びついていた。
「僕も、母子家庭で育ちました。僕が小学校5年の時に、母が働きに出るために広島から先に大阪へ出て、僕はその1年後に追いかけていきました。そこからアパートの6畳一間に二段ベッドを入れて、母と二人の生活が始まりました。母は昼も夜も働いていたので僕は鍵っ子でしたし、家族がないっていうか、家族がそろって団欒するという経験がなかったんです」
寂しさを抱えた少年時代があったからこそ、成世は今、家族の存在を何よりも大切にしている。
「だからこそ、結婚して子どもが2人でできて、今では孫も3人になり、自分一人からどんどん家族が増えていくことが特別にうれしいんです」


期せずして、今年6月、成世が敬愛してやまない美輪明宏氏がこの世を去った。自身のアルバムでも名曲「ヨイトマケの唄」をカバーしている成世は、追悼番組などで再びその歌に触れる機会が増えていた。
「今年は『ヨイトマケの唄』をよく聴いていました。あちらは土方作業で汗水流して働くお母ちゃんの歌ですが、今回の『母ちゃんの海』も、男社会の過酷な海で闘うお母ちゃんの歌です。そんなタイミングで浜先生からこの曲をいただいたことに、何か運命的なものを感じずにはいられませんでした」
「生きていくんだ 生きていくんだ しんどいけれど 生きていくんだ」というサビでは、魂を揺さぶるような力強い掛け声が入っている。
「あの掛け声は、レコーディングの当日に浜先生が『ここに入れるからね』と提案されたんです。先生はもちろん、僕やアレンジャー、ディレクター、さらにはうちのマネージャーまでブースに駆り出されて、みんなで『エイヤ!エイヤ!』と大声を出しました。僕のリズム感の悪さを、あの掛け声が補ってくれたのかもしれません(笑)」

ロケ地は鳥取の砂浜!? 奇跡のMV撮影
泥臭くも熱気あふれるレコーディングを経て完成したミュージックビデオ(MV)には、さらなる裏話があった。
「あれは鳥取の海岸の砂浜なんです(笑)。北海道まで行くのは大変ですし、砂浜の景色なら鳥取も似ているだろうと。それに、どうしても若い人たちと一緒に砂浜で踊る映像が撮りたくて、スピード感やアクロバットを取り入れた素晴らしい踊りを披露する舞踊集団宮坂流の皆さんと、地元の若者たちに集まってもらいました。今回着ている大漁旗の法被も、浜先生のアイデアで宮坂流の方にご準備いただいたものなんです」

「母ちゃんの海」MVより
MVでは、色鮮やかな大漁旗の法被を着た成世と若者たちが砂浜で円陣を組み、カメラを下から見下ろすようにして拳を力強く突き上げる圧巻のシーンが収められている。しかし、撮影は冷や汗ものだった。
「ちょうど台風が来ていて、日本海側も大雨の予報だったんです。どうなるかと思いましたが、一か八か、朝の8時半に集合して撮影を強行しました。奇跡的に撮影中は雨が降らず、全員でのシーンを撮り終えた途端に土砂降りになったんです。ギリギリセーフで、この曲は本当に運を持っているなと思いました」
「デカンショ初盆」との偶然のリンク。運命に抗いながら
一方、カップリングに収録された「デカンショ初盆」は、成世が何度も足を運び、親交の深い兵庫県・丹波篠山が舞台となっている。毎年8月15日と16日には徳川家康が築城した篠山城跡(三の丸広場)にて、丹波篠山デカンショ祭が開催され、江戸時代から歌い継がれる日本遺産の民謡「デカンショ節」に合わせて総踊りが行われる。この日に合わせて、里帰りする人も少なくない。
カップリング曲は「デカンショ祭」の時期に、父の初盆を迎える家族の情景を軽快なお囃子に乗せて歌った一曲。「ヨーイヨーイ デッカンショ」と節も入る。
「偶然なんですが、こちらも父ちゃんが亡くなって、母ちゃんがごつごつした手で一人で家族を育てているという設定の作品になりました。全く別の作品として作られたのに、結果的にどちらも、女手一つで家族を守るお母ちゃんの歌になった。狙ったわけじゃないからこそ、不思議なご縁を感じます」
全く別のアプローチで描かれた2曲の“母子の物語”。そこには、表現を導く恩師・もず唱平氏が描き続けてきた「日本の原風景の中で、運命に抗いながらたくましく生きる人々の姿」が、図らずも色濃く投影されている。

ブレない信念。奇想天外な歩みに定年はない
サラリーマンから民謡界の宝へ、そして、歌謡歌手として大ヒットを記録しながら、“紅白落選歌手”という称号(?)まで手に入れる。一見、奇想天外にも見える成世の歩みだが、その根底には決してブレない「信念」と「執念」がある。
かつて高校時代、落語家を志して、後の人間国宝・桂米朝師匠に弟子入りを直訴した際、師匠から堀辺茂樹青年(本名)に一通の丁寧な断り状が届いた。そこには、厳しい現実と共にこんな言葉が綴られていた。
「あせることはありません」「母一人子一人の御家庭なら、私はおすすめしないのが眞実です」
母の苦労を思い、成世は堅実な就職の道を選んだのだろう。だが、夢を捨てることはなかった。この手紙を宝物のように大切に保管し続け、2005年、実に37年越しに落語の高座に上がるという執念を実らせている。どんなに時間がかかっても、決して諦めない。その芯の強さこそが、「母ちゃんの海」で力強く響く「しんどいけれど 生きていくんだ」というメッセージそのものなのだ。

「民謡の世界では、田植えや漁など、もう消えちゃった昔のやり方での仕事や当時の生活の背景を、歌の形できちんと後世に引き継いでいく役目を担いたいと思っています。でも、歌謡歌手としてはいつでも新人なんです。もともとサラリーマンからスタートした専門家じゃない身ですから」
米朝師匠の言葉通り「あせること」なく、我が道を切り拓いてきた成世昌平。大漁旗の法被を翻し、「これからも好きなように、いろんなことにチャレンジしていきたい」と高らかに笑う。100年先も愛される歌のために。
文・写真=左近俊彦
2026年7月8日発売
成世昌平「母ちゃんの海」

「母ちゃんの海」
作詩/浜圭介・原文彦 作曲/浜圭介 編曲/佐藤和豊
c/w「デカンショ初盆」
作詩/原文彦 作曲/浜圭介 編曲/佐藤和豊
日本クラウン CRCN-8856 ¥1,550(税込)
2026年7月8日発売
成世昌平『ベスト ~四十年の歩み~』

日本クラウン CRCN-41596 ¥3,300(税込)
若手男性演歌歌手の多くがリスペクトする民謡界の至宝・成世昌平。歌謡生活40年の足跡の中で生まれた名作の数々を抜粋してすべての年代の代表作を網羅した。
収録曲
1. 寿
2. はぐれコキリコ
3. 鶴の舞橋(山唄入り)
4. 江釣子のおんな
5. 関宿しぐれ
6. 貝殻恋唄
7. みかえり富士
8. 春よとまれ
9. 哀愁線リアス
10. テルテル坊主
11. 江差だより
12. 鈴鹿峠
13. 音戸の恋唄
14. 三十石船哀歌
15. 雪折れ竹
16. あんちゃん
INFORMATION

四十周年企画
歌ウマ日本一決定戦 ~成世昌平と行くオホーツクの旅をかけて~
新曲「母ちゃんの海/デカンショ初盆」&「成世昌平作品」カラオケコンテスト ダブル開催!!
1985年「博多節」を日本クラウンより発表。以来、成世昌平は民謡と演歌の二刀流で活動を重ねてきた。そのデビュー四十周年を記念し、新曲「母ちゃんの海/デカンショ初盆」と、過去に成世昌平が発売したシングル・アルバム収録曲全作品を対象としたカラオケコンテストを、商品掲載要項にて開催する。
各コースの入賞者10名(計20名)は、2027年4月・大阪市内某所で開催予定のコンテスト本選に出場して歌唱する。(※会場までの交通費等はご本人負担)
【応募要項】
■ 応募資格
2026年7月8日発売 成世昌平「母ちゃんの海/デカンショ初盆」(CRCN-8856)ご購入者
■ 対象コース
・「母ちゃんの海」コース(対象曲:新曲「母ちゃんの海」「デカンショ初盆」)
・成世昌平作品」コース(対象曲:過去に成世昌平が発売したシングル・アルバム収録曲全作品)
■ 応募方法
住所・氏名・年齢・電話番号を明記の上、楽曲を歌唱・録音したCD-R、カセットテープ、MDと、歌詩カード右下の三角の応募券を切り取って同封し、下記宛先に送付する。
■ 応募先
〒108-0023
東京都港区芝浦4-13-23 MS芝浦ビル4階
日本クラウン(株)
CW制作部 成世昌平 カラオケコンテスト係
■ 応募締切
2026年12月31日(木) 当日消印有効
■ 審査発表
応募された歌唱音源は、日本クラウン・成世昌平担当ディレクターが厳正に審査し、2027年4月、大阪市内某所にて開催予定のコンテスト本選に出場していただく入賞者を、各コース10名ずつ選出する。入賞者の方への通知は、日本クラウンホームページ、成世昌平オフィシャルホームページにて発表する。
■コンテストグランプリ副賞 ~成世昌平と行くオホーツクの旅~
各コースのグランプリ受賞者は、北海道オホーツクの旅(2泊3日)にペアで招待。(開催日程、詳細は後日ご案内される)
【当コンテストに関するお問合せ先】
日本クラウン(株) CW制作部
※日本クラウンHP投稿フォームよりお問い合わせ下さい。
https://www.crownrecord.co.jp/s/c01/page/faq











