
西川ひとみの「歌ひとすじに」~ “しぶとい九州女”が泣いて笑って辿り着いた30年の軌跡
「九州の女はしぶといんです」。そう言って豪快に笑う西川ひとみがデビュー30周年を記念したベストアルバム『歌ひとすじに』をリリースした。
3歳で初舞台を踏み、家出同然で上京。クラブのアルバイトではママから「あなたはこの世界で大成する」とスカウトされるも、”歌ひとすじ”の道を貫いた。度重なるレコード会社の移籍や改名、親の介護による活動休止。「辞めようと思ったことは何百回もある」と語る彼女だが、その歩みは決して悲壮感に満ちたものではない。
恩師・岡千秋氏との出会いで掴んだ本当の歌の心とは。波乱万丈すぎる歌手人生と、新曲「歌ひとすじに」に込めた魂の絶唱に迫る。

おひねりを子分に奢った3歳児!? 「歌ひとすじ」の原点
熊本県八代市に生まれ、宮崎で育った西川ひとみのルーツは、浪曲師だった父・松平円十郎氏にある。
「父が浪曲師だったので、3歳の頃からお尻を叩かれながら発声練習をさせられていました。でも、小さな頃から父について回って歌うと、おじいちゃんおばあちゃんがティッシュにお金をくるんで『おひねり』をくれるんですよ(笑)。5歳くらいで『歌うとお金がもらえる。いい仕事だな』って芽生えましたね。お祭りの境内で歌えば的屋さんがたこ焼きなどをくれるし、私は(子供にしては)大金を持っていたから、同年代の子たちを引き連れてお菓子を奢ってあげていました。姉御肌なのは、その頃からですね(笑)」
巡業で不在がちだった浪曲師の父。だが、末期がんになってもギリギリまで舞台に立ち続けた父の背中は、西川の心に「絶対に負けてはダメだ」という強烈なプロ意識を焼き付けた。
4歳頃からは地元の祭りでステージに立ち、CMソングを歌い、インディーズ盤のCDも多数リリース。しかし、彼女の視線は東京、そして「演歌」でのメジャーデビューに向けられていた。

歌舞伎町での居候、クラブでの大モテ…破天荒な上京物語
周囲の反対を押し切り、17歳の時に家出同然で上京。最初に住んだのは、なんと新宿・歌舞伎町のど真ん中だった。
「いとこが歌手だったんですが、その親戚の家に居候させてもらったんです。いとこはデビューしてすぐ亡くなってしまったんですが、私と同じ一人っ子だったから、そのままおばさんの家に居候させてもらいました。目の前がヤクザの事務所でした(笑)。でも、おかげで強くなれましたよ。東京ではバラエティ路線のスカウトも受けたけれど、『私は演歌でいく』って決めていました」
念願のメジャーデビューは1994年。しかし、そこからが”しぶとい九州女”の本当の戦いだった。レコード会社の移籍、母の脳梗塞に伴うメジャー活動の一時休止。それでも彼女は「苦節何十年なんて思ったことはない。楽しいことばっかりだった」と笑い飛ばす。

もうダメだ、死ぬか生きるかという時も本当にありました。でも、開き直って『よし!』と思うと、不思議と良くなっていくんです。人にお節介を焼いて失敗することもあるけれど、母が『人に施せば倍になって返ってくる』と言っていた通り、本当にダメだと思った時には、必ず誰かが手を差し伸べて助けてくれました」
経済的にも苦しかったこともある。一時は銀座の高級クラブでアルバイトも経験した。
「純子ママという方に『暇な時にトークの勉強をしなさい』って呼ばれて半年間だけ働いたんです。お店で歌うと、お客様からチップをいただいて。1日10万円くらいになりました。金銭感覚がおかしくなるような世界でした。ママからは『あなたは絶対にお店で大成するから』とスカウトされたし、超お金持ちのスポンサーの方も現れたけれど、全部『無理無理!』ってお断りしました。私はやっぱり、歌がやりたかったから」

恩師・岡千秋氏の言葉「お前にはないものがある」
西川の歌声が劇的な進化を遂げたのは、2020年。長年の夢だった岡千秋氏との初タッグ(「玄界灘に春が来る」)が実現した時だ。
「コロナ禍での出会いでしたが、先生のお人柄に触れてうれしくて泣きました。先生の自宅でのレッスンは本当に厳しくて、怒られても泣きましたね(笑)。でも、先生がご自身の壮絶な生き様を全部話してくださった上で、『お前には他の歌い手にないものがあるよ。それは“心”だ』と言ってくださったんです。その一言で、生まれ変わったように自信がつきました」
自分を殺して歌の主人公を演じていた西川が、自身の人生経験をそのまま歌に乗せて表現できるようになった瞬間だった。

「きばって きばって きもんした」に込めた等身大の思い
今回のベストアルバムのリード曲であり、デビュー30周年記念曲となる「歌ひとすじに」(作詞/三里こうじ 作曲/岡千秋 編曲/伊戸のりお)は、当初、「演歌船」というタイトルで制作が進められていた。
「最初は人生を船に例えた歌だったんですが、『先生、私、船酔いするから船は嫌です』ってお願いして(笑)。『自分が生きてきたこと、皆さんに感謝する思いを思いっきり伝えたい』とお伝えしたら、この素晴らしい詞を書いてくださいました。今回はレッスンなしで、レコーディングでそのままストレートに、自分の人生を歌いました」
サビの<きばって きばって きもんした>という強烈なフレーズには、こんな裏話がある。
「事務所の社長が鹿児島出身で、どうしても南九州の言葉を入れたかったんです。私もよく『気張らんば!』って言っていたので、岡先生も『これ面白いよ』と賛同してくださって。でも、熊本弁の『頑張らんば、頑張らんば』にすると、なんだかふざけた歌になっちゃうから(苦笑)、薩摩弁になりました。でも、響きがすごくしっくりきたんです」

目標は作らない。ただブレずに、この道を突き進むだけ
「西村妃都美」から「西村ひとみ」へ。そして、現在の「西川ひとみ」に改名して30周年。大きな節目を迎えた今、彼女の瞳には何が映っているのだろうか。
「これからの目標ですか? ないです(笑)。目標を立てるとプレッシャーになるから。なるようにしかならない人生を生きてきたので、自分が進む道を信じて、ブレずに真っ直ぐ突っ走っていくだけです。マイクを置いた時は、私のすべてが終わる時。だからこそ、ずっと応援してくださっている高齢のファンの皆様が元気なうちに、恩返しになるような歌を届け続けたいですね」
<命まるごと 歌ひとすじに>。幾多の荒波を越え、関わるすべての人を愛し、愛されてきた西川ひとみの”華舞台”は、さらに熱を帯びていく。

2026年8月5日発売
デビュー30周年記念ベストアルバム
西川ひとみ『歌ひとすじに』

徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-75349 ¥3,300(税込)
収録曲
1. 歌ひとすじに (デビュー30周年記念曲)
2. 玄界灘に春が来る
3. 女郎花
4. 寄り添い花
5. 父娘うたニューバージョン
6. 不知火情話
7. 二人はいつでも歌日和 (デュエット:三里ゆうじ)
8. 海峡冬つばめ
9. 恩返し
10. 絶唱…北岬
11. 望郷おんな花
12. 似たものどうし (デュエット:一塁あやの)
13. 夫婦竜
14. 柏崎恋歌
15. 母恋たより
16. ふるさとの…星
17. 霧島連山風が哭く
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profile
西川ひとみ(にしかわ・ひとみ)
■本名:藤木妃都美(ふじきひとみ)
■誕生日:9月14日(乙女座)
■血液型:A型
■出身地:熊本県八代市
■身長:158cm
■趣味:料理(和食)、スポーツ(テニス)
■好きな色:白
【経歴・歩み】
浪曲師(松平円十郎)の一人娘として生まれ、3歳の頃から父の厳しい指導のもと発声練習を重ね、初舞台を踏む。14歳頃から地元の祭りやCMソングを歌い、上京前から企画盤やインディーズで多数のCDをリリースするなど、早くから卓越した歌唱力を発揮。歌手を目指して上京後、約6年間の修業期間を経て、1994年、“西村妃都美”の芸名で「別府航路」で日本クラウンよりメジャーデビューを果たす。
1998年のシングル「夫婦竜」リリース後、母の介護など家庭の事情により、メジャーでの歌手生活を一時中断。地元で歌手活動を続けながら苦境を乗り越え、2000年に徳間ジャパンに移籍し“西村ひとみ”として復帰。(※「西村」という芸名は、両親共々お世話になった熊本の恩人の名前に由来する)
その後、字画の悪さを指摘され、作曲家・水森英夫氏のアドバイス「川のように流れるといい」を受け、2007年6月6日、現在の“西川ひとみ”に改名。日本クラウンから「ゆうすげ雨情」で再デビューを果たした。
2009年にホリデージャパンへ移籍し「母恋たより」を発売。2017年には徳間ジャパンに再移籍し、第1弾シングル「望郷おんな花」をリリースするなど、度重なるレコード会社の移籍と改名という波乱万丈な道のりを、生来の「しぶとい九州女」の気概で乗り越えてきた。
2020年「玄界灘に春が来る」で、長年憧れ続けていた作曲家・岡千秋氏と初タッグを組む。激しい女心をスケール感たっぷりに表現する王道演歌路線を確立し、以降の作品でも連続して岡千秋作品を歌い続けている。
2026年8月5日、自身の歩んできた人生を投影した新曲「歌ひとすじに」を含む、デビュー30周年記念ベストアルバム『歌ひとすじに』(全17曲収録)をリリース。飾らない人柄と、圧倒的な情念を感じさせる力強い「うなり節」で、全国の演歌ファンを魅了し続けている。











