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松前ひろ子、新たなステージへ〜三山ひろし初プロデュース作「片恋文/ひろ子抄」で開幕する家族の物語

デビュー55周年という大きな節目を完走した松前ひろ子。彼女が次なるステージの第一歩として選んだ作品は、愛弟子・三山ひろしが“中村心一”という作家名で初のプロデュース(作詩・作曲)を手掛けた両A面シングル「片恋文/ひろ子抄」だ。
亡き夫・中村典正さんへの深い愛情、そして苦楽を共にしてきた愛弟子との絆。一つの楽曲が生まれたドラマを紐解いていく。

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第1章:愛弟子からの予期せぬ贈り物

始まりは2025年6月、松前ひろ子の生まれ故郷・北海道知内町に近い函館からスタートした「歌手人生55周年記念コンサート」ツアーの開催目前だった。三山ひろしから連絡があったという。

「一言の相談も、もちろん報告もなく、本当に突然でした。『先生、僕歌を作りましたので、歌ってほしいんです』と。それで大至急、携帯(スマホ)に曲を送ってもらったのですが、それが『片恋文』でした」

メロディを聴き、歌詞に目を通した松前は言葉を失った。

“あれからずいぶん 経ちました 私は変わらず 元気です”(一番歌詞より)

そこには2019年8月に亡くなった夫である作曲家・中村典正さんを想い、そっと手を合わせる松前の姿が描かれていた。

「私が主人のことを思って、いつも手を合わせている姿をこんな感じだろうと想像してくれたんでしょうね。『僕が書いたんです。歌ってくれますか』って。いつ、作詩・作曲の勉強をしてたの?って、びっくりしました」

作詩・作曲者として三山が名乗ったペンネームは“中村心一”。

「『心は一つという意味だそうです。中村(典正)の後を継ぐのは僕ひとり。心は一つしかない』と。夫が亡くなる時、恒くん(三山の本名:恒石正彰)の手を握って『俺の後を頼むぞ』と言っていたのを、彼はこういう形で応えてくれたんです」

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第2章:レコーディング秘話〜逆転した師弟関係〜

普段、三山ひろしのレコーディングでは松前ひろ子がスタジオに立ち会う。しかし今回は、松前がブースに入り、三山がコンソール側からディレクションをするという、完全なる逆転現象が起きた。

「私が『先生、どんな感じ?』って聞いたら、『やめてくださいよ!』なんて照れながらね(笑)。でも、『ここは譜面がこうなってますけど、先生の今の歌い方でいいです』とか、『これ以上歌い込まなくていいです』って。3回ぐらい歌ってOKが出ました」

プロデューサー・中村心一としての三山は、アレンジャーの伊戸のりお氏に対しても「ここはこんな風に、この楽器を使ってください」と明確なビジョンを伝えていたという。

松前は、「三山くんの言うとおり、いえ、中村心一先生の言う通とおりに歌いました」と愛弟子にすべてを委ねた。そして、「本当にすごい子です」と感心する。

「メロディを作るのは歌手としての節があるので出来ても、物語を展開させる作詩はすごくむずかしい。私でも1番なら書けるでしょう。でも、1番に執着すると、2番3番がつまらなくなる。3番まで飽きさせずに聴いていただくには、体系立てて計算をしないと書けないはずです。三山くんは、いつの間にそんな勉強をしたんだろうって思いました」

プロの歌い手であれば、これまで何百曲と歌ってきた経験から、頭の中で「こんな感じの歌」とイメージすれば、自然と自分の中にある節(メロディの引き出し)が出てきて、鼻歌の延長のような感覚でメロディを作る(作曲する)ことができる。しかし、「作詩は簡単ではない」というのは、長年、音楽と向き合ってきた松前ならではの実感だった。

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第3章:あふれ出た涙〜コンサートでの「片恋文」初披露〜

函館から始まったツアーで、松前は急きょ覚えた「片恋文」を毎公演歌い続けた。しかし、それは彼女にとって別の意味での試練だった。2025年9月、かつしかシンフォニーヒルズでの最終公演でも、スクリーンに映し出される亡き夫との写真を背に、松前はやはり声を詰まらせてしまったのだ。

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「どうしても泣いちゃうんですよ。私が泣かないと、今度は(袖で見ている)三山くんが泣いちゃうんです。どっちかは泣かないで歌おうねって話し合っていたんですけどね」

だからこそ、今回のレコーディングでは、二人の間で一つの決めごとをした。

「『先生、レコーディングは笑顔で歌ってくださいね』って言われたので、『わかった、幸せよって思って歌うからね』と。ステージは生だから感情が出ますけど、レコーディングは感情をよそへやって、天井を見て『パパ、明るく楽しく歌うわね。今日は中村(心一)先生の言うとおり歌います』って言ったら、スタジオは爆笑でした」

スタジオではキーを一つ上げる決断も下された。松前の声域に合わせて低めに設定されていたが、より多くのカラオケファンに歌ってほしい、という思いと、この歌を“泣き歌”にしたくなかったからだ。

「三山くんが作ってくれた『片恋文』はメジャーなんですが、悲しいんです。そうなるとどうしても涙がこぼれてしまうんですが、キーを上げることで歌が明るくなりました」

ただ、悲しいだけの歌ではなく、明るく、温かい思い出として、みんなに笑顔で歌い継いでもらいたい。そんな松前の強い願いがあった。涙を乗り越え、明るく前を向く歌声が、こうしてCDに刻まれた。

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「松前ひろ子 歌手人生55周年記念コンサート」での師弟共演。

第4章:夫婦の歩み〜篠突く雨を越えて〜

「片恋文」の歌詞には“破れた傘に 光差す”というフレーズがある。そこには、松前と中村典正さんが乗り越えてきた過去が隠されている。交通事故による大怪我からの復帰、歌手活動への反対と試練、そして理解。

「別に二人で破れた傘を持って歩いた覚えはないですけど(笑)。多分、もしちょっとでも隙間があったら光を見て、明るいところに向かっていこうという努力をしている姿を、恒くんが描いてくれたんだと思います」

3番に登場する“岬の夕日”もまた、家族だからこそ知るエピソードだ。生前、中村典正さんは「ブラジルの夕日が見てみたい」と語っていたという。

「ブラジルとは書かれていません。私たち家族でなければわからない詩ですけど・・・」

そして、松前は亡き夫へ思いを馳せる。

「主人がもし、生前中にこの曲を聴いていたら、涙を流して『恒くん、よく頑張ったね。偉い』って褒めたと思います。『俺は学校も行ってない、音大も出てない。だけど譜面は書ける。だから勉強しろ』って、よく言っていました。彼はそれを実行したわけですから」

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第5章:「母」として見た三山ひろし〜「ひろ子抄」の裏側〜

「片恋文」に対して、もう一つのA面曲「ひろ子抄」も慌ただしく書き下ろされた。

8カ所9公演の55周年ツアーが終わった時、松前はこの曲をレコーディングしたらどうかと提案した。「もしそうだったらうれしいです」。三山の答えはシンプルだった。

「じゃあ、カップリングがないとできないわよねって(笑)」

多忙な中で、三山が紡いだ作品は「ひろ子抄」だった。タイトル通り“松前ひろ子”という一人の女性の人生を鮮やかに切り取った伝記的楽曲だ。

「同じ宿命(さだめ)の 母ざくら」
「あなたとならば この舟に」
「寄る辺なくした 浮草も」
「祝いしぐれに なる事を」
「願う姿は 母ゆずり」

歌詞には「母ざくら」「浮草慕情」「あなたとならば」「祝いしぐれ」と、中村典正さんが契約上の問題から“山口ひろし”名義で、歌手復帰した松前のために作り、のちに彼女の代表曲となった作品のタイトルが散りばめられていた。

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「三山くんから見たら、私は母に当たりますが、私の母もこんな気持ちで育ててくれたんだろうと思うんですね。この歌で、強さと優しさを持った母心を表現したいと思って歌いました」

歌手を目指して高知から上京し、19年前、松前が経営する「ライブレストラン青山」のスタッフとして働き始めた青年。決して裕福ではなかった少年時代をジャージ姿で過ごした三山は、今や紅白歌手となり、座長として劇場の大舞台にも立っている。

「あの子の人生、歩いてきた道のりは、いばらのようでした。小学生や中学生の頃はジャージしか着たことがなかったっていうのを、今でも平気で話します。『恥ずかしくないです。実際にそうだったんですから』って。普通は隠そうとすることを、正々堂々と言える三山ひろしは、偉いと思います」

一方、義理の息子となった今も、三山の松前への気遣いは尋常ではない。防犯のために松前邸の周囲を夜はライトアップさせ、何台もの監視カメラを自ら設置し、遠隔で見守ってくれているという。

「夜11時50分に帰って来ましたね、なんて見られていまして(笑)。『皆さんと焼肉を食べてタクシーで帰ってきたのよ』って言ったら、『安心しました』と。見守られているのもいいんだか悪いんだか(笑)」

歩く際には杖が欠かせなくなった松前を真っ先にサポートするのも三山だという。「優しくてたくましい青年です」。

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第6章:未来へ〜新たなステージの幕開け〜

約2年に及ぶ歌手人生55周年イヤーを終え、松前ひろ子は新たな夢に向かって歩き出した。

「『中村心一』を、作詩家・作曲家として残せるのは私しかいないと思ったので、『この歌は頑張る』と、2人ごとですけど約束をしました」

三山ひろしは“歌手”としての顔に、「片恋文/ひろ子抄」のリリースにより“作家”としての顔も持つことになる(「けん玉大使」の顔もあるが)。今後は“中村心一”という名前も頻繁に目にすることになるが、典正さんの遺志を引き継ぐ息子に、松前も顔がほころぶ。

「声はどんどん低くなってきますけど、でもその分を味で、お客様に喜んでいただける歌唱法で、自分の歌を少しでも長く歌い続けていけたらなと思ってます。若い子たちも頑張っていますから」

亡き夫への尽きぬ愛と、愛弟子が密かに育んできた二人の恩師への敬意。それらが結実したこの両A面シングルは、三山ひろしが作家・中村心一として大きく羽ばたくための、確かなスタートラインとなる。

長年寄り添ってきた松前と三山は今、師匠と弟子という枠を超え、プロデューサーと歌手という次のステージへとその関係性を昇華させた。

「ひろ子抄」の歌詞は、1番で強く優しかった母の教えを振り返り、2番で夫と乗り越えた苦労を忍び、3番では松前自身が実母と同じように家族の幸せを願う姿が描かれている。

この歌に書かれていない「4番」があるとするならば、そこには何が綴られるのだろうか。きっと、義理の息子・三山ひろしや実娘、孫たちと共に笑い合う、今の温かな「中村家」の姿に違いない。

天国の夫が遺した思いと、血の繋がりを超えた強靭な家族の絆を胸に。松前ひろ子の人生という名の「ひろ子抄」は今、新たなページをめくり、温かな続きを綴り始めた。

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2026年4月22日発売
三山ひろしプロデュース
松前ひろ子「片恋文/ひろ子抄」
松前ひろ子

「片恋文」
作詞・作曲/中村心一 編曲/佐藤和豊
「ひろ子抄」
作詞・作曲/中村心一 編曲/伊戸のりお
徳間ジャパンコミュニケーションズ TKCA-91691 ¥1,550(税込)

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