出光仁美が今いちばん“あいたか人”

出光仁美スペシャルインタビュー

「私の歌を聴きたいと思ってくれている人に、今いちばん“あいたか”」

今年に入り世界中が未曾有の事態に見舞われ、人前に出て歌うことができなくなっている。
でも、出光仁美は「歌は必ずどんなつらい出来事も癒やしてくれる。と信じて歌い続ける。
出光の新曲「あいたか橋で」は、会いたい人に会えないもどかしさを綴った恋愛物語。ファンとの幸せなひと時を、一日も早く迎えたい……と募る気持ちとリンクする。

 

2010年に日本コロムビア創立100周年記念アーティストとしてデビューした出光仁美は、昨年10周年を迎えた。彼女が歌手を目指した時の第一歩は、ひらめきとガッツから生まれた。

「水森英夫先生のお顔をとある誌面で初めて拝見した時、『やさしそうで弟子にしてくれそうだな』と勝手に運命を感じたんです(笑)。カラオケ大会でお会いした先生に直談判し、門下生にしていただきました」

そこから、師匠となった水森氏の教えのもと、懸命に稽古に励んだ。ひらめきとガッツに“努力”が加わり、出光は着実に力をつけていった。

「ひとりでは決して続けられなかったと思います。今歌い続けられている奇跡、スタッフ、家族、先輩、ファンの皆様、すべてに感謝です。挫けることもありましたし、芸歴が長く何でも思どおりにこなす人をうらやましく見ていたこともあります。『ベテランも苦労して努力してきているんだよ』という大先輩からの助言や、水森先生からいただいた『“やる気・勇気・根気”の3つの気を大事に』など、いろいろな言葉との出合いに、いつも支えられています」

約1年ぶりとなる、13枚目のシングル「あいたか橋で」は、これまでと同様に水森氏が作曲を手がけている。11年目を迎えた出光にとって、新たな決意と向き合う勝負作だ。

「私の故郷である福岡を舞台にした曲です。いただいてからは何をしていても新曲が頭から離れず、みっちり自主練しています。思いきり声を出したくなる気持ちを抑えて、情景説明は飾らず淡々と、サビではあえて音符に忠実に歌うことで女性らしさを出しました」

胸を躍らせながら愛しい人を待つ女心を、出光ならではの表現で歌った楽曲。心地よいメロディ-で、カラオケファンにもとてもなじみやすい作品に仕上がった。

無事にレコーディングを終えた後、世の中では新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛が促された。生活が一変していくなかで、さまざまなものが淘汰され、本当に必要なものだけが残るといったムードが高まっているのを感じているという。

「皆様の前で歌っていたことが、遠い昔の夢だったよう……。歌って握手してCDを買ってもらう実演販売が、じつはすごいことだったと気づきました。医療に比べて、音楽や娯楽は緊急時にはなくても生きていけるかもしれません。でも、“歌は心を必ず癒やしてくれる”ものだと私は信じています。これから歌手も淘汰されていくのかもしれません。だけどひたむきに努力して、歌い続けていきたいです。ヨボヨボになるまで、ずっと……」

「会いたい」とはやる気持ちを胸に携え、ファンの前で歌える日を待ち望んでいる。

(文=老川素子)


 

2020年8月5日発売
出光仁美、第13弾シングル
「あいたか橋で」

「あいたか橋で」
作詞/美馬とおる 作曲/水森英夫 編曲/石倉重信
c/w「望郷小倉太鼓」
作詞/森坂とも 作曲/水森英夫 編曲/丸山雅仁
日本コロムビア COCA-17776 ¥1,227+税

出光の故郷・福岡を舞台に、実在する<あいたか橋>から行き交う船を眺め、はやる気持ちを抑えて恋しい人の帰りを待つ女心を歌う。「望郷小倉太鼓」は2014年のシングルを再収録。夢を追って上京し、故郷を想うストーリーが出光の人生とも重なる。どちらも思い入れのある楽曲だ。


Profile
出光仁美(いでみつ・ひとみ)
1984年9月7日、福岡県宗像市生まれ。演歌好きな母親とテレビ番組の影響により、幼い頃から演歌歌手になりたいという夢を持つ。大学で美術を学んだ後、夢をかなえるために水森英夫氏に直談判して門下生に。2010年、「おんな七厘・神楽坂」でデビュー。今年4月に記念すべき歌手生活満10周年を迎えた。公式ツイッター、フェイスブック、アメブロ、インスタグラムで、活動様子やいっしょに暮らす生き物たちのかわいらしい姿も発信している。