花岡優平の「恋ごころ」~人にも歌にも咲く時期がある~
高田みづえの「愛の終りに」や秋元順子が歌った「愛のままで・・・」など数々のヒット曲を生み出し、演歌・歌謡曲ファンをも魅了し続ける音楽家、花岡優平がニューシングル「恋ごころ」をリリースした。コロナ禍を乗り越えて移りゆく時代の中で、人を想う心や愛する気持ちは永遠(とわ)へと続いていく。元々、2009年に発売した自身のミニアルバム『寄り道』に収録されていた曲だったが、非公式ながらYouTubeで公開された動画の再生回数が240万再生されるほどの注目曲に成長。カラオケでの人気にも拍車をかけ、満を持してシングルカットされた。
弟の先見性。「恋ごころ」を歌う時が来た
このたび、「恋ごころ」という曲をシングルとしてリリースしました。この曲はもう40数年も前につくった楽曲で、今から11年前(2009年)に僕のアルバム『寄り道』に収録された一曲です。僕はインターネットにまるで興味がなかったのですが、1年ほど前、YouTubeの配信動画で再生回数がすごく増えていると、知人に教えてもらって知りました。他の曲と比較しても「恋ごころ」の再生回数が突出していて、毎週1万回再生ずつ増えていきました。こんなことってあるんだね、という話になって、今回シングルとして「恋ごころ」を出すことになりました。
歌詞を読んでいただくか、曲を聴いていただければわかりますが、若いとか年を取っているとかは関係なく、恋はまず “恋ごころ”を抱くところから始まります。出会ってすぐにデートをするわけではなく、やっぱり最初は素敵な人だなって思うはずですよね。歌詞にもありますが、「あの人の 心惑わす人になり」とか「あの涼しげな瞳さえ 乱せれば」のように、老いも若きも恋の始まりはここなんだという思いを込めて書きました。この曲は僕が二十代のころ、「音つばめ」というフォークグループで活動していた時に書いた、普遍的な歌なんです。
じつは歌手の秋元順子さんの事務所の社長をしていた私の弟(花岡茂氏。「音つばめ」でも活動)が4年前に他界しました。彼女の「愛のままで・・・」が大ヒットした時に、発売元のキングレコードと弟が、ご褒美という形で僕のアルバムをつくってくれることになりました。
その時、弟が「この『恋ごころ』という曲は普遍的でいい曲だからアルバムに入れておけよ」と勧めてくれて、11年前のアルバムに収録した経緯があるんです。
YouTubeの動画は公式なものではなく、一般の方が音源を使って動画にしてアップしたものでしたが、他の方がシングルで出した曲にまったく負けないほど再生されていました。アルバムの中のただの一曲なのにです。こんなにたくさんの人が聴いているということは、亡くなった弟に先見性があったのかなって思いました。
作品の持つ生命力と、古希の挑戦
いろんな偶然が重なって、「恋ごころ」を発売することになりました。弟の勧めでアルバムにこの曲を入れたことがきっかけですが、3年前に食べ物を喉に詰まらせたことがありました。誤嚥(ごえん)性肺炎になるのも怖く悩んでいた時、友人からボイストレーニングを勧められました。喉の筋肉を鍛えて誤嚥しないようにするのが目的でしたが、ボイトレを続けることで、再び声が出るようになり、歌う喜びを取り戻しました。そうしたらリリースの話が舞い降りてきました。声がまた出るようになると不思議と歌いたくなってくるんですね。「恋ごころ」の発売日直前の1月6日に、70歳を迎えましたが、まさに古希の挑戦になったわけです。
ネットの発達などデジタル化が進んでいる時代に、こんなアナログ的な心情を歌った古い曲がYouTubeでたくさん再生されたということは、この作品の持っている生命力が、今ここに来て初めて芽吹き始めたということだと捉えています。まさに人にも歌にも咲く時期があるのだろうと気づかされました。
「恋ごころ」は最後のワンピース
「恋ごころ」は僕が古希を迎える時に、再び花が咲くタイミングなのだと確信しました。いろいろな偶然が重なって、不思議なタイミングでこの曲をシングルとして出せる喜び、これはきっと亡くなった弟が導いてくれたんでしょうね。歌手からスタートして、作家として一定の成果も出せた。僕の音楽人生がジグソーパズルだとすると、ほとんど絵は出来上がっていました。ただ、最後のワンピースがあるとすれば、自分の声で歌って世の中に響かせたぞ、という部分だけがなかったんです
この歌が僕の最後の挑戦になり、弟が亡くなった後に、今回の機会を僕に与えたのだとすれば、この「恋ごころ」という歌で、本当に僕の音楽人生のジグソーパズルの景色が完結するのではないかと考えています。僕にとっては、これだけ多くの偶然が重なったのは、きっと弟が仕込んでくれたんだと思います。子どものころから本当に抱き合って生きてきた弟を亡くした今、彼がいくつもの偶然を紡いで、僕が古希を迎える年にこの曲を出せるようにしてくれたんだと思っています。
僕は演歌・歌謡曲の新しい潮流を秋元順子「愛のままで・・・」でつくり出せそうだと思っていたのですが、今度はその壁も打ち砕いて、さらに新しい演歌・歌謡曲の潮流を目指していくつもりです。今後、僕が書く作品は、聴いてくださる方が「あっ! これは花岡さんの作品だ!」と思っていただけるような、自分の色を強く出した先鋭的な歌謡曲をつくりたいと思っています。この機会に花岡優平の世界を聴いてみてください。
(文=小西康隆)
INFORMATION
「第1回 全日本別府歌謡祭」参加募集中
2022年に大分県別府市で、「第1回 全日本別府歌謡祭~医療従事者に向けたチャリティー 歌の花たば~」が開催されることになり、参加者を募集している。同歌謡祭は別府を盛り上げようと企画されたもので、別府市をはじめ地元組合や地元メディアが後援する。4月16日(土)に予選会が行われ、本選は6月11日(土)。部門は年齢などにより分けられ、4部門が設定されている。予選・本選とも作詞・作曲・編曲家の花岡優平さんが審査員長を務め、本選ではグランプリ1名を決定。優勝賞金は10万円だ。
また本選の2部には「中村美律子スペシャルコンサート」が行われ、ゲストとして、あけ美と、ゆあさみちるも出演する。
詳細記事
「別府を盛り上げたい!」 第1回 全日本別府歌謡祭が2022年に開催へ。優勝賞金10万円! 出場者を大募集中!!
2022年1月12日発売
花岡優平「恋ごころ」
40年以上前につくられた「恋ごころ」。同曲の音源を使った非公式の動画がYouTubeで突出した再生回数を数え、新曲として発売されることになった。カラオケでも人気曲で、“思っても思っても 思い届かぬ恋ごころ”を歌っている。カップリング曲「ヨコハマ」は、花岡氏の思い出をベースにつくられた大人の恋の歌。「『ヨコハマ』は僕が年齢を重ねてからできた曲ですが、ノリもよくて格好いいおじさんの歌です。『恋ごころ』とは違う味わいのある楽曲です。楽しく聴いてもらえたらうれしいですね」(花岡)。花岡の2009年のシングル「愛のままに・・・」のカップリング曲として収録された曲だったが、「恋ごころ」同様、YouTubeで人気だった。
Profile
花岡優平(はなおか・ゆうへい)
1952年1月6日、大分県生まれ。家庭問題から荒れた生活になっていたところ、ブラスバンド部の顧問から新聞奨学生として働きながら学べる方法を教えてもらい、16歳で単身上京。1978年、フォークグループ「音つばめ」でデビューしたのち、作曲家として活動。2008年2月には、作詞・作曲・編曲をすべて自身が手がけた「愛のままで・・・」を秋元順子に提供。同歌手が同年の『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。翌年1月のオリコンランキングでは総合1位を樹立し、シングル・アルバムのCD売上が100万枚を記録するヒットとなる。2020年4月、母校の別府市立山の手中学校、別府市立西中学校の校歌を作曲。2022年1月12日にニューシングル「恋ごころ」を発売。
《主な受歴》1982年 古賀賞入選「哀愁のセレナーデ」(唄:高田みづえ)、2008年「愛のままで・・・」(唄:秋元順子)日本レコード大賞優秀作品賞受賞およびNHK紅白歌合戦出場。