
【新曲レビュー】一条貫太が新曲「氷雪岬」で見せる凄み。極寒の海を舞台に、愛する人を失った男の哀しみを歌い上げる
理屈を超える野生児の歌心。大人の歌手へと覚醒
新曲『氷雪岬』の発売直後となる9月5日、一条貫太は地元・千葉市民会館のステージに立っていた。
生バンドの力強い演奏をバックに、持ち歌の演歌から昭和歌謡、そして本編のラストには、布施明が圧倒的な歌唱力でドラマチックに歌い上げた隠れた名曲『愛の終りに』に挑戦。実に30曲以上を歌い抜くセットリストと、客席ラウンドでも一切ブレることのないその歌声に、改めて彼の底知れぬ才能を見せつけられた。
彼は幼い頃から音楽の英才教育を受けてきたわけではない。中学生の頃は野球に打ち込み、顧問の先生から「歌が上手いから音楽をやれ」と勧められて吹奏楽部に入ったという、ごく普通の青年だ。
しかし、彼の歌には、音楽を専門に学んできた人たちをも驚かせる才能が宿っている。音楽を専門的に学んだあるファンは、その才能を間近にして“絶望”と表現したが、頭で理屈を考えて歌うのではなく、本能のままに歌の世界に入り込むような野生児が一条貫太なのだ。
彼は今年、30歳を迎える。「平成生まれの昭和なボイス」をキャッチフレーズに飛び出した青年は今、大人の歌手としてひとまわりもふたまわりも大きくなろうとしている。
そのことを確信させてくれるのが、9月2日にリリースされた新曲『氷雪岬』だ。
恩師が託した切なく美しい喪失の物語
これまでの一条の歩みは、着実な進化の連続だった。2023年の『男の漁場』にはじまり、『大漁太鼓』『凪か 嵐か』と続いた「海のシリーズ」では、荒波に立ち向かう漁師の汗とエネルギーを描き、「海の歌なら一条貫太」というイメージを定着させた。
今年1月にリリースした『兄弟波止場』でも海を舞台にしているが、そこでは亡き兄の背中を追う「家族の絆」が描かれ、男の決意を王道の演歌で力強く表現した。
そして迎えた今作『氷雪岬』は、前作と同じように静かな男のドラマを描きながらも、一条貫太という歌手の表現力をさらに深く掘り下げる、切なく美しい喪失の物語となっている。
舞台は、日本最北端・宗谷の地。冬になれば日中でも氷点下となり、海から吹き付ける風速10メートルを超える強烈な季節風が体温を奪っていく極寒の場所だ。
イントロでは、伊戸のりおによる重厚なアレンジが鳴り響く。まるでシベリアからの冷たい風や、打ち付ける流氷が目の前に迫ってくるような力強さがある。しかし、その力強いサウンドの中で歌われているのは、雄大な大自然ではなく、愛する女性を失った男の深い悲しみだ。
恩師・万城たかし氏が手掛けた歌詞の世界は、宗谷の厳しい情景と重なり、まるで映画のワンシーンのように心に迫ってくる。
《短い夏の終わりか 蝉しぐれ
おまえは生命(いのち)が 尽きるよで
嫌いと泣いた》
北の大地の短い夏と、亡き女性の命の儚さを重ね合わせた描写だ。この詩に対して、もう一人の恩師、作曲家・宮下健治氏が書き下ろしたメロディは、歌手としての実力を試すような起伏のあるものだった。Aメロ・Bメロでは、抑圧された深い悲しみを語るように歌わせ、サビの《氷雪岬》で一気に感情をあふれさせる構成になっている。
一条は、持ち前の突き抜けるような高音の魅力を残しつつも、決して力任せに歌いすぎない。ただ声を張るのではなく、ひとつひとつの言葉に繊細な「色付け」をするように、少し抑えた語り口の中に、男の哀愁をにじませている。だからこそ、《あれから六ヶ月(むつき) 冬が来た》という時間の経過が、聴く者の胸に冷たく突き刺さるのだ。
続く2番の冒頭で、一条の歌声はさらに私たちの心を揺さぶる。
《雪より白い小指に 指からめ
おまえの分まで 生きてやる
約束するよ…》
「氷雪」という言葉は厳しい自然環境をイメージさせるが、一方で、「清くけがれのない心」という意味がある。
見渡す限りの真っ白な宗谷岬から、空気が澄んだ日にだけ見える樺太(サハリン)の島影。その島影までもが涙で見えない。そこには、亡き人へのどこまでも純粋な愛がある。
10周年に向けたメインエンジンへの点火
しかし「生きてやる」という言葉は、決して前向きなだけのものではない。極寒の絶望の中に立ち、ギリギリのところで命をつなぎ止めようとする悲痛な思いだ。この深い純愛と悲しみを見事に歌いこなす一条の姿には、かつての真っ直ぐな青年から、大人の凄みを持つ歌手へと成長した証がある。
一方、カップリングに収録された『昭和の流し唄』(作詩・結木瞳、作曲・宮下健治)は、表題曲とは対照的な一曲だ。
ギターの音色をバックに、『愛染かつら』や『哀愁列車』『矢切の渡し』といった昭和の名曲のタイトルを織り交ぜながら、馴染みの店で歌う流しの姿を描く。表題曲で張り詰めた心を、ストーブのようにホッと温めてくれる。この「極寒の悲しみ」と「人肌の温もり」の組み合わせも、一条が歌手として表現の幅を広げたことを教えてくれる。
2018年3月、『ふたりの始発駅』で21歳の青年をデビューさせた万城たかし氏と宮下健治氏。デビュー前から一条貫太を知る二人の恩師は、10周年という大きな節目を前に、彼にあえて重くて難しいテーマを与えたのだろう。
「もうすぐ30代を迎える今の貫太なら、この歌を歌いきれるはずだ」という愛ある試練。一条は、見事にその期待に応えてみせた。
『氷雪岬』という、力強いメインエンジンに火が点いた。一条貫太は今、歌手として、10周年の大空へ向けて力強く飛び立とうとしている。
(special thanks: H.E)
2026年9月2日発売
一条貫太「氷雪岬」

「氷雪岬」
作詩/万城たかし 作曲/宮下健治 編曲/伊戸のりお
c/w「昭和の流し唄」
作詩/結木瞳 作曲/宮下健治 編曲/伊戸のりお
日本クラウン CRCN-8871 ¥1,700(税込)
ミュージックビデオのラストには、北海道の最北端、北緯45度31分22秒に位置する冬の宗谷岬が映し出されます。日本の“北の終着点”。北極星の一稜をモチーフにした「日本最北端の地の碑」モニュメントと、かつて樺太へと渡った探検家・間宮林蔵が真っ直ぐに海を見つめて佇んでいる立像が見えます。そして、一条貫太が左手で雪か光を避ける仕草……。
北極星は旅人の道標。その碑が映るのは、亡き人への純愛こそが男を導く“希望の光”であるという見方ができ、一条が顔を庇うのは、吹き荒れる吹雪や愛する人を失った現実に耐え忍ぶ姿。《生きてやる》というギリギリの覚悟の表れが演出されているのかもしれません。
一方で、「氷雪岬」の歌詞に出てくる“樺太”という地と、間宮林蔵の立像。もしかすると主人公は現代の青年ではなく、戦後に愛する人を失った体験を回想する老人なのかもしれません。そう捉えると、個人の悲恋は時代に翻弄された壮大なドラマへと姿を変え、ゾクゾクさせられます。すべて妄想です。一条貫太が最後の表情に込めたパトスに、あなたは何を感じますか?





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