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美川憲一、コロッケ

美川憲一、傘寿の誕生日に全583曲を世界配信。盟友・コロッケがサプライズで祝福し、名曲「生きる」と共に、“しぶとく歌い続ける”決意

美川憲一が傘寿(80歳)の誕生日を迎えた5月15日、これまでにリリースした全583曲の楽曲が全世界に配信されたと明かした。美川は、デビュー曲「だけどだけどだけど」や大ヒット曲「柳ヶ瀬ブルース」「さそり座の女」をはじめとした全シングル117作品に加え、『女ごころを唄う』シリーズをはじめとした台詞入りオリジナル・アルバムや、ライブ・アルバム、さらにはCD未発売の16作品を含むアルバム37作品までもが配信されたことに、「(曲数が多すぎて)驚いた」と喜びを口にした。

また、「お金をちょうだい」(1971年)などの昭和の名曲が若い世代から再評価されていることに、音楽の持つ時代を超える力を実感していた。

美川憲一、コロッケ

長野県出身の美川は1946年5月15日生まれ。1965年のデビュー以降、シャンソンから演歌、歌謡曲まで幅広いジャンルを歌いこなし、唯一無二のキャラクターで長年第一線で活躍し続けている。

「デビューしてから60年以上も経ち、おかげさまでたくさんの曲をリリースさせていただきました。これもひとえにファンの皆様、関係者の皆様のおかげです」と感謝を述べた美川は、「昨年は本当にいろんなことがありましたが、これからもしぶとく歌い続けていきます」と、生涯現役への強い意欲を見せた。

美川憲一

美川は昨年9月、心臓の働きが低下する「洞不全症候群」のため、ペースメーカーを埋め込む手術を受けた。その後、リハビリを行う中で身体の違和感に気づき、精密検査の結果、指定難病である「パーキンソン病」であることが分かり、同年11月に病名を公表した。

一時は歩行も困難な状態に陥ったというが、投薬治療と懸命なリハビリを続け、12月には盟友・コロッケとのジョイントコンサートでステージ復帰を果たした。

復帰コンサートのステージでは客席からの「お帰り!」の言葉に、プロとしてステージでは見せないようにしていた涙が溢れたというが、自身の歌う姿を通して元気を届けたいと意欲をみせた。

「入院した時はどうなるかと本当に不安でしたが、力強く生きていれば必ず歌を歌えるようになるという気持ちで、今日まで来ました。日々のトレーニングも毎日厳しくやっています 。全国にはたくさんの病気の方がいらっしゃいます。そういう方たちの励みに少しでもなればうれしいです」

美川憲一

「さそり座の女」を歌唱する美川憲一の元に…。

美川憲一、コロッケ

美川憲一に扮したコロッケがサプライズで登場し、美川を驚かせた。

会見では名曲「さそり座の女」も披露された。「パーキンソン病」であることを忘れさせるほどに華麗なパフォーマンスで歌唱したが、歌唱途中には美川に扮した盟友・ものまねタレントのコロッケが乱入するサプライズ。歌唱後には「さそり座の女」のジャケット写真があしらわれた特製バースデーケーキを前に、コロッケから改めて「お誕生日おめでとうございます」と祝福の言葉が贈られた。

美川憲一、コロッケ

じつはこの日の朝、コロッケからは「しばらくお会いできませんが」と前置きされたお祝いのLINEが届いていたといい、サプライズの登場に美川は目を丸くしていた。

長年ジョイントコンサートを開催している2人だが、ステージ上でのトークはすべて台本なしの阿吽の呼吸で行われるという。コロッケは「この前もステージでやりました(笑)」と、美川が日々行っている過酷なトレーニングの様子を愛あるモノマネで表現。美川も実際に行っているトレーニングの様子を演じてみせた。

美川憲一、コロッケ

コロッケは美川憲一が取り組んでいるリハビリのトレーニングの様子を早速モノマネで披露。

美川憲一

リハビリのためのトレーニングを実演する美川憲一。

当初は「気弱になる面もあった」と明かすが、美川は現在、10キロのダンベルを用いた過酷なトレーニングをこなし、歌いながら踊るための体力を維持している。病気になって一番辛いのはそのトレーニングだと明かしつつも、「大好きな買い物をするときはスタスタ歩けるのよ」と笑顔を見せた。

そんな美川に記者から「これからも(稼いで)買い物ができるように、元気にステージに立ってください」と声をかけられると、「そこそこ(お金は)ありますから。おだまり!」と美川節で返していた。

美川憲一

美川憲一

病を経て、自身の楽曲への思いにも変化が生まれている。今回の配信解禁でとくに注目してほしい楽曲として挙げた中に、2013年リリースの「生きる」があった。シャンソンの名曲「Ma dernière volonté(マ・デルニエレ・ボレンテ)/原題:遺書」のカバーだ。美川は復帰後初の音楽番組でも披露したが、矢田部道一氏による日本語詞には「生きる 生きる 悔いのないように」というフレーズが刻まれている。

美川は「昔は暗すぎて歌わなかったけれど、病気になってから『生き返る』歌になり、リクエストも多い」と語り、今を懸命に生きるメッセージが現在の美川自身の姿と重なって響く。“悔いのない人生”とは、“しぶとく生きる”ことなのだろう。

さらに会見では、前夜にB’zの松本孝弘から誕生日を祝ってもらったことが明かされ、デビュー60周年記念作品として2024年にリリースされた楽曲「これで良しとする」の制作秘話が改めて語られた。以前、ロサンゼルスにある松本の自宅に招かれた縁からつながり、「詩はTAKURO(GLAY)に作ってもらおうか」と松本が提案して完成した同曲。「生きてるだけでいいじゃない 何も持っていかれないし」と歌うこの曲は、美川の生き様そのものを表現したロックバラードとして、彼自身の大きな励みになっている。

美川憲一

そして、今年夏頃から国内でパーキンソン病に対するiPS細胞を使った治療が限定的に開始されるという話題が上ると、美川は「治るという保証が出たので本当に良かった」と、世界初の実用化に大きな期待を寄せた。以前は「100歳まで歌う」と語っていたが、それは無理だと思うと苦笑しつつも、「90歳まではしぶとく歌い続けたい」と目標を力強く語ると、6月に開催される、2年ぶりとなる「よみうり大手町ホール」での単独コンサートに意欲をみせた。

ちなみに90歳になっても、コロッケとのジョイントコンサートは続けたいと語った美川。「元気だったらやりたいですね。でも、お客さんも年を取ってヨタヨタしているかも」と、笑っていた。

美川憲一 各音楽配信サイト
https://lnk.to/mikawakenichi

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